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超短編小説集

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短くて、意外な結末。全力投球の厳選ショートショート集。
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記事一覧

ピアニスト殺人事件

胸に包丁が突き立てられた遺体を前にして、二人の男が言い争っている。若い警官は首をひねり、素行の悪そうなほうの男に問いかけた。 『つまりあなたがこの屋敷に来たときには、すでにこうなっていたと』 「だからそう言ってるだろ」 男は派手な金髪をかきあげながら興奮気味に答えた。「親父は死んでて、部屋はこの有様だ」 「嘘をつくな」 もう一人の男がシワひとつないワイシャツの襟を正しながら口を出した。「ぼくが階段を降りてきたとき、お前、父さんの傍に屈んでなにかしてただろ。財布でも盗ろうと

イツキくんの嘘

引っ越して3ヶ月が経った。新しい学校にもずいぶん慣れたのだが、ひとつだけ気になっていることがある。 いつもサッカーをやっている公園から家までの間に、天堂病院という小さな病院がある。赤レンガで囲まれた敷地内には、診療所のほかに立派な自宅も建っていて、その二階の窓辺にいつも男の子の姿が見えた。 気になっていることというのが、その男の子だった。 黒くて大きな丸眼鏡をかけ、肌は人形みたいに白い。いつ見ても、背を起こしたベッドのうえで本を読んでいた。最初に目にしたときはなんとも思

空間移動装置【小説】

お久しぶりです。ちょこちょこ読みには来てましたが、投稿するのは4か月ぶりくらいでしょうか。ずいぶん間が空きましたが、しれっと何事もなかったかのように小説を投稿しちゃいます…… ついに人類の悲願が成就された。あの”どこ○もドア”が現実のものとなったのだ。まあ、多少の時間はかかる。正味58分だ。それでも約1時間で地球の反対側で行けるのは画期的と言える。日本の世界的巨大企業が開発したこの装置はまだ東京とニューヨークをつなぐにすぎないが、いずれは世界中のあらゆる場所をつなぐことにな

出るはずのない電話【小説】

穏やかな午後。近所のカフェ。 窓際の席に座る男性が目に付いた。脚を組んでコーヒーを口に運ぶ気取った仕草が夫に似ている。顔立ちもどこか夫を思い起こさせた。ほら、あの無駄にキリッとした眉なんてそっくりじゃないか。 その存在だけで、午後のティータイムを台無しにするには十分だった。嫌な思い出ばかりがふつふつと頭に浮かんでくる。 じろじろと見過ぎたようだった。わたしの視線に気づいて、男が顔を上げる。わたしはすぐに目を逸らした。不審に思われただろうか。わたしは両手で包むようにカップ

風船羊【小説】

観光で異星にやってきた若い親子が遭遇したのは、羊のような不思議な生き物でした。SFショートショート。 タム星の大草原に観光宇宙船が降り立った。乗客のほとんどは地球からの観光客である。そのなかに三人の若い親子の姿があった。 * 「おい、たける、ガム出せ」 アロハシャツ全開でズボンに両手をつっこみながらパパが言った。ぼくはキャリーバッグの一角を占める大量のチューインガムのなかから一つを取りだして、パパに渡した。 「おせえよ」 パパはチューインガムを乱暴につかみ取ると、口

犯人はあとがきにいる【ショートショート】

ーーーーーーーーーキリトリーーーーーーーーー あとがき 親愛なる読者の皆様へ 著者の天津川侑吾です。 まずはこの『犯人はあとがきにいる』を手に取ってくれたことに謝意を述べたい。 そして編集の橋本君をはじめとした関係者各位にもお礼を申し上げる。 「あとがきを袋とじにしたい」という私の要望を(苦悶の表情を浮かべながら)受け入れていただいたお陰で、このような特殊な装丁の小説が完成したのだ。 まあ、彼らは二百篇を超える私の著作でたいそう儲けているだろうから、このくらいの注文は呑

誰かいる【小説】

以前に投稿したものを修正していたら、気づけばほぼ全文を書き直していたので、再投稿しました。小学生の主人公が庭に不審な人影を目撃するのですが、それを父親に伝えると事態は思わぬ方向へ……。 お父さんがリビングでパソコンとにらめっこしていた。お母さんは買い物に出かけているので、ぼくとお父さんの二人きりだ。 ぼくはお父さんの向かい側に陣取った。ランドセルを開き、テーブルに算数の宿題を広げたものの、ぜんぜん集中できなかった。窓の外が気になってしかたないのだ。 ぼくはたびたび塀の外

徘徊【小説】

真夜中にガラガラと玄関の戸が開く音がした。まただ。わたしはうんざりしながら布団を出た。 玄関に行くと、思った通り、戸の前におじいちゃんの丸まった背中が見えた。外に出ようとしている。 「だめよ」 そう声をかけたが、おじいちゃんはわたしのことなど気にもとめず外の暗闇に消えてしまった。 ママを呼ぼうとも思ったが、その間におじいちゃんがどこへ行ってしまうかわかったものではない。おじいちゃんは認知症なのだ。 急いで追いかけ、敷居でつまずいてあやうく転びそうになった。なんとか体

仙人に会った【小説】

さらさらと水の音が聞こえた。引き寄せられるように山道を進む。ブナの木が並ぶ小道を抜けると、沢に出た。ゴツゴツした岩のあいだを澄んだ水が流れている。上流には小さな滝が見えた。 適当な岩に腰をおろし、釣り糸を垂らした。透き通った水のなかをイワナが生き生きと泳いでいる。 「いいなあ」 あんなふうに自由になれたら、どんなにいいだろう。 深いため息が出た。練り餌をまとった釣り針が、ぼくの日常のように水中で空虚に漂っている。 そのとき、一陣の風が吹き抜けた。 カランコロン。沢