空間移動装置【小説】

お久しぶりです。ちょこちょこ読みには来てましたが、投稿するのは4か月ぶりくらいでしょうか。ずいぶん間が空きましたが、しれっと何事もなかったかのように小説を投稿しちゃいます……

ついに人類の悲願が成就された。あの”どこ○もドア”が現実のものとなったのだ。まあ、多少の時間はかかる。正味58分だ。それでも約1時間で地球の反対側で行けるのは画期的と言える。日本の世界的巨大企業が開発したこの装置はまだ東京とニューヨークをつなぐにすぎないが、いずれは世界中のあらゆる場所をつなぐことになるだろう……。

ある資産家の男が嬉々としてそのドアを開けた。彼が記念すべき最初の客である。もちろん、試運転は何百回と行われた。安全を徹底的に確認し、ついに今日、正式に装置の運用が開始されるのだ。

「なんだ。ドアを抜けたら、ニューヨークの喧騒が見られるかと思ったよ」

専用のガウンを羽織った資産家の男は、ドアの先に広がる無機質な部屋を見て、そう感想をもらした。わたしは笑いながら応じる。

「それは漫画のなかのお話ですよ。残念ながら現実はそう簡単にはいきません。まずはこちらの装置に横になってください」

部屋の中央に物々しいカプセル型の装置があった。資産家の男がカプセルのなかに入ったのを確認し、装置を作動させた。次の瞬間、彼はニューヨークの一角にある装置で目を醒ますことだろう。”次の瞬間”といっても、それは体感の話である。実際は58分かかる。その間、わたしみたいな作業員には大仕事が待っているのだ。

40分以上過ぎて、やっと装置の動作が完了した。

「終わりました。それでは起きてください」

声をかけると、資産家の男は不思議そうな顔をした。

「これで終わりなのか」
「ええ、そうですよ。さっき入ってきたドアを出たら、もうすでにニューヨークです」
「ほんとか。信じられないな。聞いていたほどの時間はまだ経っていないんじゃないか」

男は訝しげに装置から下りた。わたしは彼に飲み物を差しだした。

「おつかれさまです。こちらをどうぞ」
「なんだこれは」
「ただの水です」
「そんなものはいらん。それよりも早く外に出たい。正直、すでにアメリカまで移動したとは思えんのだ」
「この装置は体に負担をかけます。一口でかまいませんから、飲んでください」
「悪いが、ミネラルウォーター以外は飲まんことにしているのだ。ここを出たら、カフェにでも寄るさ」
「……そうですか。では出口へどうぞ」

男がドアの前に立った。

「まったく狐につままれたような心地だ。しかし楽しみではあるな。このドアの先がほんとにニューヨークだとすると、大金を払った価値がある。世紀の体験だ」

男が息をのんでドアノブに手をかける。男の意識がすべて正面に向いた瞬間を見計らって、男の後頭部を警棒で思いっきり殴った。床に倒れうめく男を、わたしは見下ろした。

「面倒なことになったな」

本来は毒ガスによって男の命を奪うはずだった。装置の完成を急ぐあまり、毒ガスを噴出する機構を取り付けるのが間に合わなかったのだ。それでも毒入りの水を素直に飲んでくれれば、なんの問題もなかったというのに。うまくいかないものだ。

男が完全に動かなくなるまで、何度も頭に警棒を振り下ろした。最初は殴るたびにうめき声を上げたが、それも次第に聞こえなくなった。

両足をつかんで引きずり、隠し扉の先にある薄暗い部屋に運んだ。赤く光るスイッチを押すと、ぐわんぐわんという重々しい稼働音とともに金属の擦れる音が響きはじめる。床に口を開けているのは、いわば巨大なミンチ機だ。

男の体を足のほうから押し入れた。骨や肉が潰れる音と鮮血を吐き散らしながら、回転する金属の刃があっという間に男の全身を呑み込んだ。

粉砕された体は、運搬しやすいブロック型に成形され、冷凍保存される。のちにニューヨークへ空輸され、材料として利用されるのだ。

わたしは装置のある部屋に戻って、モニターで進行具合を確認した。

この装置に、人体を物理的に転送する機能はない。体を読み取るための装置である。人体を構成する分子の空間的な配列、またそれらの繋がり・分離、さらに神経の電気信号まで、体の全情報を読み取ることができるのだ。

その情報はただちにニューヨークに転送される。向こうでは身体情報の読み込みと同時進行で、情報が再生される。すなわち、あらかじめ用意された材料をもとにして、こちらから転送した情報通りに体が再構築されるのだ。もちろん、読み取った時点までの記憶は保持される。我々の空間移動システムは完璧だ。

さて、58分経った。ニューヨークでは、わたしが先ほど処理した男と同じ人物が目を醒ます頃だ。彼はカフェにでも寄ってミネラルウォーターを飲むのだろうか。

最後までお読みいただきありがとうございます。