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デザインが美容整形(美顔術)ではないことの意味ーイタリアのデザイン理論から

 本noteでは、デザイン美容整形(美顔術)ではないことを説明しましょう(本noteは、拙著「イタリアのデザイン思考とデザインマネジメント」p.77,90に基づくものです)。冒頭の図は、G.ポンティが、女性の裸体に見立たボトルに服を着せる様子です。また以下の図1は、デザイナーのニッツォーリがミシンの模型に様々な衣装を着せる様子です。

ニッツォーリ2

 G.ポンティであれニッツォーリであれ、女性の裸体に見立てた模型に衣装を着せるのは、別に彼らが変態だといわけではなく、官能的なデザインの発想法がそうだからです。つまり、物体の表面に模様を入れたり、加工したりする美容整形の発想法は二次元的であるのに対し、模型に衣装を着せる発想法はもっとダイナミックな三次元の量塊感にかかわっています。

1.イタリアのデザインの官能性

 模型を女性の裸体に見立ててそれに衣装を着せるという発想法こそが、イタリアのデザインが官能的である秘密です。以下でそれを説明しましょう。単なるヌードの状態にエロスは宿らず、なまめかしさは、服を脱いだり着たりするプロセス(移行)にあり、この点について美学者のM.ペルニオーラ(1)は、2種類のバロックの官能性(エロス)を指摘しています。(1)その第1の官能性は,服(ヴェール)を着せることによってその下にある身体がエロス化されるというものであり、ここでは、身体と同じように服(ヴェール)が,第二の皮膚として活気に満ちて弾んでいるものとして考えられます。彫刻家ベルニーニの“聖テレーザの法悦”などはその例であり、服のドレープ(襞)が、存在しないテレーザのエクスタシーの身体を作り出しているのです。

3ベルニーニ

この発想法に従ってG.フェレは、動いている身体を新たなイメージを固定すべく、(a)肩・腰・脚のラインをスケッチして身体の輪郭を決定すると同時に、(b)この身体の輪郭の基点となる部分にジュエリーを配置します(図3).(a)の肩・腰・脚のラインのスケッチ事例が図4であり、そこでは、3次元の量塊感が太い線で示されています。建築の訓練を受けた彼は、インテリアデザインで言うところのモデリング―2次元から3次元への移行―フェーズを常に意識しています。(b)について敷衍すると,胴体(トルソー)と頭部を連結する首にはネックレスを、手首にはブレスレッドを,腰にはアクセサリーとしてベルトを配置します―そうすることで腰から下にしなやかに伸びる脚を目立たせることができます。なお、古代ギリシャにおいて女性のエロスの中心点が、臀部ではなく“腰を振ること”へと移行したことを鑑みるとベルトの重要性は明らかですー他方、男性のエロスは胴鎧(cuirass)にあります。

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 要するに、フェレのデザイン手法は、量塊感を感じさせる第二の皮膚としての身体(=服)を作るという“身体の彫刻化”の結果であるけれども、彼は、この第二の皮膚の下にある生身の身体のラインが持つ簡素な美しさが隠れてしまわないようにも注意しています―この点は着物と対局的です。

(2)バロックの官能性のもう一つは、フレッシュ(flesh)な肉に対して陰嚢・乳首・臀部・髪といった身体部品が付いたものとして自分の生身の身体を考えるというものです(骨でさえもフレッシュな肉に仮縫いされた身体部品(衣装部品)として考えます)。フレッシュな肉(内部)に陰嚢・乳首といった衣装(外部)を纏っていると考えることで,客人に妻を提供する歓待にエロティシズムの本質が宿っていることが分かります。つまり、妻は、フレッシュな肉に仮縫いされた自分の服(乳首や陰毛)を脱いで、客人の身体という他の服(陰嚢等)を纏うということであり、言い換えれば、馴染みのない客人の身体を馴染みのある自分(妻自身)の身体であるかのように纏うということです。

2.乗り物の場合

図5は、カーデザイナーのE.フミアがキッチュなデザインの例として挙げているものです。イタリアのカーデザインは彫刻ですから、表面に模様を入れる美容整形の発想法ースタイリングーとは異なるわけです。

自動車222

自動車をデザインする場合でも、前節の第二番目のバロックの官能性ーフレッシュ(flesh)な肉に対して陰嚢・乳首・臀部・髪といった身体部品が付いたものとして自分の生身の身体を考えるーに基づき、クルマのボディを女性のサイボーグ身体とみなし、クルマの開閉式ヘッドライトを女性の睫毛として考えていきます。カーデザイナーのW.デ・シルバは、ドイツ人にとって自動車は男性であるのに対し、イタリア人にとっては(ダヌンツィオ風の)女性であると述べていますので、自動車の流線形は女性の腰つきであるのが明白です。

オートバイ

 そして図6は、オートバイの事例で、造形美があればカラフルなグラフィックに頼らずとも、単色でOKです(M.Tamburiniはオートバイデザインの大家です。)。

3.終わりに

 デザインは、第一に彫刻ですので、モノの表面に模様を入れる(加工する)といった二次元的な美容整形(美顔術)ではないということが分かりましたー美顔術は、目先の売り上げを伸ばそうとするスタイリングの論理に捕らわれていると言ってよいでしょう。この点について付け加えると芸術作品のような工業製品の寿命は長いので、短寿命の多数のモデルを製造するのは、スタイリングであってデザインではありません(テイラーリズムで有名な昔日のフォード自動車のモデルも少数でした)。マイナーなモデルチェンジを繰り返すスタイリングの狙いは、一つ前のモデルを意図的に陳腐化させることであり、その結果としてユーザーは時代遅れを感じて欲求不満となり、買い替えることとなります。しかしながらスタイリングは、産業上のキッチュ(悪趣味)であり、その本質は、製品を好ましく受け入れられるようにする(マイナーな)諸要素―デザイン上は本質的ではない些末な諸要素―を誇張することにあります。かくしてデザイン経営を実践する企業は、スタイリングの論理と決別するのです。

(1)Perniola,M.:Between clothing and nudity,in Feher,M. (eds.):Fragments for a history od the human body(part two),Zone,pp.237-265,1989

画像出典:冒頭:https://www.1stdibs.com/en-gb/furniture/decorative-objects/vases-vessels/bottles/gio-ponti-le-bottiglie-abitate-complete-series-five-ceramic-bottles-1950/id-f_23481712/、図1: http://www.archiviosacchi.it/archivio/index.php?categoria=modelli&sottocategoria=DES&primorecord=57&id=422&cerca=&autore=&committente=&descrizione=&anno=&tabella=&azione=、https://www.fiddlebase.com/italian-machines/necchi/necchi-sewing-machine/、https://www.worthpoint.com/worthopedia/vintage-necchi-mirella-sewing-machine-1871706733、https://www.worthpoint.com/worthopedia/necchi-mirella-sewing-machine-1956-1810598306、https://www.worthpoint.com/worthopedia/necchi-mirella-hand-crank-189506434、https://turismo.comune.re.it/en/boretto/discover-the-area/people-history-traditions/famous-people/marcello-nizzoli、https://www.flickr.com/photos/marloesduyker/4297962155/in/photostream/、図2:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%C3%89xtasis_de_Santa_Teresa,_Gian_Lorenzo_Bernini,_Roma,_Italia,_2019_07.jpg、図3:https://www.dailymotion.com/video/x20p4yg、図4:Bianchino,G.and A.C.Quintavalle.:Alta moda come fiaba,in Moda dalla fiaba al design,De Agostini,pp.228-229,1989、図5:Fumia,E.:Autoritratto,Fucina,p.61,2016、図6: https://www.mirgopa.xyz/ProductDetail.aspx?iid=126756764&pr=76.88、https://alchetron.com/Massimo-Tamburini、https://www.autoby.jp/_ct/17320878、https://bike-news.jp/photo/169911#photo8、https://ok.goobike.com/catalog/list/detail/index?bike_maker_cd=2&bike_series_cd=76&bike_cd=3&bike_model_id=10946、https://hobby.dengeki.com/news/1280685/

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