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「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」

 「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」のアニメ版が金曜ロードショーでノーカット放映されるそうだ。地上波初。2017年夏の公開で、私は一人で映画館に見に行った。1993年にフジテレビで放映され、1995年に劇場公開された同名の実写作品が元になっている。

 オリジナルは岩井俊二監督がメガホンをとった。舞台はひなびた海沿いの街。小学生3人の一夏の淡い恋模様をリリカルに描いた大傑作だ。恋がなんだか頭では理解しているけれど、それをどう表現し、体現すればいいのかまでは分からない小学生。そんな「子ども以上、大人未満」の典道と祐介、なずなが紡ぐ、切なくて、ちょっと不思議な物語である。逃げ出すなずなを母親が連れ戻そうとする場面など、随所に岩井監督らしい技巧がちりばめられ、その独特な映像美は高く評価された。岩井監督の出世作だ。

 なずなを演じたのは14歳の奥菜恵さんだ。成熟への階段をのぼる一歩手前の愛らしさを全身から放ちつつ、少女のようなずるさも身にまとう。かなりの難役を、自然体で演じていて、きっと、すごい女優さんになるだろうなあ、と感じたことを覚えている。実際、奥菜さんは確かな演技力で若手の成長株となったが、その後、スキャンダルで人気を落とし、以降はむしろ、IT起業家らとの結婚や離婚といった私生活で注目された。

 アニメ版の脚本は、漫画が原作でドラマ化や映画化もされた「モテキ」で知られる大根仁さん。総監督は新房昭之さんだ。新房さんは「魔法少女まどか☆マギカ」の作り込まれた世界観と前衛的なビジュアルで、アニメ界に衝撃を与えた。制作は「(化)物語シリーズ」のシャフト。声をあてるのは、なずなが広瀬すずさん、典道が菅田将暉さん。これだけ豪華なスタッフが名を連ねるのだ。実写版はもちろん、映画やアニメが大好きな一人として、見に行かない選択肢はなかった。

 まず感想だけを先に言えば、「残念」だった。花火の場面を筆頭に、アニメーションはとても美しい。広瀬さんも菅田さんも好演しており、キャラクターにはきちんと命が吹き込まれていた。ところどころに実写版へのオマージュも感じられた。

 でも、やっぱり違うのだ。いや、「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」とは別の作品としてこのアニメを見れば、きっと、及第点なのだろう。実際、16億円近い興行収入をあげている。それでも私にとっては、とても残念な一本になってしまった。

 なずなや典道らが「中学生」に設定されていることに、まず引っかかった。そこでいきなりつまずいたので、その後どうにも物語にのめり込めなくなった。すでに思春期にさしかかった主人公たちは、もう「子ども」ではない。恋心のその先に、どんな一歩がありうるか、きちんと理解している「女子」や「男子」なのだ。もちろん、「先に進めない」というもどかしさはあるけれど、「何があるかも分からない」わけではない。困惑や戸惑いのレイヤーが、小学生と中学生では違うのだ。「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」で岩井監督が描いたのは、「子ども以上、大人未満」のリリシズムだと、私は感じていた。

 たぶん、小学生が主人公だと、300館で公開されるアニメ映画としては、興行的に厳しいのかもしれない。広瀬さんや菅田さんの起用は、彼女や彼のファン層も意識したはずだ。だとすれば、実写版よりも恋愛要素を強めに出して、絵柄も「萌え」に傾斜させる必要がある。1995年に公開された実写映画は、テレビ版の焼き直しだ。映画のための制作費はさほどかかっておらず、それほどシビアに興収を求められなかったのだろう。残念ながら、少なくとも私は、作品の肝(きも)にあたるキャラクター設定が翻案されたアニメ版を、楽しむことができなかった。

 ネタバレになるのであまり詳しくは書かないけれど、実写版のクライマックスは、印象的な夜のプールの場面である。水に濡れ、はちきれそうな笑顔をみせる奥菜さんは、無垢で本当に美しい。蛇足だが、ずっとあとになり、このシーンを見直して、彼女のリアルな「その後」を踏まえると、時の流れはなんと残酷なのだろう、としんみりした記憶がある。

 実写版のクライマックスに流れる曲は、REMEDIOSさんの「Forever Friends」だ。英語の歌詞は、こんなふうに切り出される(訳は筆者)。

 Hold me like a friend(友だちのように抱きしめて) 
 Kiss me like a friend(友だちのようにキスをして)
 Say we'll never end(ずっと一緒だと口にして)

 中盤、「we'll always be forever friends(私たちはいつも、いつまでも友だちだからね)」と曲のタイトルに重なる一節が登場し、最後は、いつの日か「本当のこと」を見つけられるんだ、と結ばれる。IやYouではなく、その主体は「Our」である。抱擁や口づけは出てくるけれど、これは決して男女についての曲ではない。恋が何かに気づきつつ、それでも「永遠の友情」を信じたい「子ども以上、大人未満」の揺れる思いを表しているのだ。そして、そんな思いを歌に託して最終盤に配置した岩井監督は、清濁入り交じった圧倒的なリアルを目の前に、それでもイノセントであり続けることを願ってやまない、人生でたった一度きりの、尊くはかない一瞬を、描きたかったのではないだろうか。

 アニメ版をみて、「原典」に興味を抱いた方がいらしたら、ぜひ、オリジナルも見ていただきたい。全員が遠い昔になくしてしまった大事なものが、きっとそこには描かれている。



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