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サザンで短編小説『栞のテーマ』

 険しい山を登るときは道に迷わぬよう木の枝を折り折りその道程に置いておくものらしい。
人生の折々にも・・・

 僕は生まれつき顔の左半分に青痣がある。母は可愛がってくれるが異性から見て異形であることは間違いない。自分で鏡を見るのも嫌なくらいだ。小学校に入る前から女の子とお付き合いするなんてことは諦めている。

 諦めていても恋心は芽生える。いや寧ろ諦めているからこそ、成就しない恋心だからこそ、それは僕の体の中で激しく燃え上がりどろどろに煮立ち濃厚に凝縮されている。

 僕のことを愛してはくれませんか。

 子供の頃から何度繰り返し心の中で叫んだことか。運動が苦手でお喋りも上手じゃない僕は溌剌としたあなたが男どもの下心に晒されるほどに美しく輝いていくのを、窓際で恨めしく眺めていた。

 そのうちにあなたは、あなたは、特別な人ができ、それはあの男どものうちの一人で、あの男どものなかでは一番端正な顔立ちをしており、そのことが僕をいっそう傷つけたかといえばそんなことはなく、寧ろ僕はエクスキューズを得られたような気がした。僕の顔のことをあなたは昔から何も言わなかったし、誰かが僕の顔のことを笑っても、決してその笑いに与することはなかった。そんな時ほどあなたは僕に微笑みかけてくれた。それでもあなたは、それでもあなたは、特別な人に対しては顔立ちの端正さを求めるのだ。悲しくないのに透明な涙粒がとめどなくこぼれてくる。この涙粒みたく僕自身が綺麗なら僕もあなたに・・・

 あいつがあなたを愛するよりも僕はあなたを愛しています。

 だがしかし、それを僕はどうあなたに証明することができるだろう。証明できたとて、果たしてあなたはそれを喜ぶだろうか。あなたは昔ほど僕に微笑みかけることもなくなった。廊下ですれ違っても僕はいないものの如く通り過ぎていき特別な人へ特別な笑顔を見せる。ある日あなたは、ある日あなたは、明らかに昨日までのあなたと変わった。あの匂い立つ色香は男どもの下心に晒されて醸成されたものではなく、あなたが所詮僕よりあなたを愛せていないあの男に大事な花瓶を割られたことを意味していた。あなたにとってもそうかもしれないが、その日は僕にとっても人生のなかで忘れられない一日となった。本意ではないが、僕はあの日、あの場所に折った木の枝を置いてきたんだ。

 あなたが泣いている時、僕はそのすべてをあの男のせいにした。あなたが笑っている時も、怒っている時も、哀しんでいる時も。それは僕にとってあなたが全てだったからだろう。僕はこの青い痣のおかげで誰よりもあなたのことをずっと純粋な心で愛し続けることができる。

 誰も僕がするみたいには、あなたを愛することなんてできやしない。

 その自負だけで僕はなんとか生きている。あれから幾年、僕が折った木の枝は、全てがあなた。あなたが、あなたを、あなたに。

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