見出し画像

短編小説『たばこ屋の軒下』

 たばこ屋の軒下、今日も八人ほどおっさんが紫煙を燻らせている。職場からの帰り道、いつもの光景、美しいかは別にして、いい光景、おっさんの顔ぶれが変わっているのかいないのかは不明、軒下には灰皿が置いてあり、喫煙に問題はあるまい。かつては俺もヘビースモーカーだった。
 数百種類のたばこの包装が陳列されている棚の上部の小窓からたばこ屋のおばはんが顔を覗かせている。苦虫を噛み潰したような表情をしているがどうやらあれは笑っているらしい。うちの祖母がそういう笑い方だった。齢八十を超えても原付を走らせながら吸っていたのは「わかば」だった。吸い殻の火を親指で消していた。
 祖母のことを思い出したから、というわけではないが、しばらく店の様子を眺めてみることにした。置き物のように動かないおばはんの周りには次々とおっさんどもが寄ってくるが、去るおっさんはいず、おっさんは増えるいっぽうだ。向かい側のコンビニの自転車置き場からはもう何人いるか数えることはできない。おばはんの顔は見えなくなってしまった。軽く五十人はいるだろう。
 五十人といえば小さなライブハウスなら満席であり、かなり騒がしくなる人数だが、この五十人は全く声を発しない。いくらたばこを吸っているといってもこんなに静かなのは変だ。人数はまだ増え続けており、百人を超えそうな勢いだ。
 気づいたときにはその百人ほどが小窓へ向かい整列しており、窓の小ささに比して人数が多すぎるため、その列は小窓を中心に放射状に伸びていた。整然となったため、小窓から覗くおばはんの顔が見えた。おばはんの顔からは皺が消え去り、少女のように見えた。おっさんたちの表情は見えなかったが、彼らが皆、おばはんを崇敬しているのは明らかであった。
 見てはならないものを見てしまった後ろめたさから俺は早歩きで去ったのだが、隊列を組み、おっさんたちが追いかけてきた。おばはんが指揮していた。

蠱惑暇(こわくいとま)

#note小説 #小説 #短編 #短編小説
#800字 #800字小説 #蠱惑暇 #カリスマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?