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小説『国語がお得意な秋津ゆきこ、彼女小6の日記』4月21日(木)

4月21日(木)

 昨日は父親の機嫌が悪かった。機嫌が悪いのは仕方のないことだけどその悪い機嫌の面倒を見きれないからこっちに放り投げてくるのがまじでうざい。いい大人が悪い機嫌を娘に放り投げてどうする。あたしが小学6年生の従順な子どもだからいちばん放り投げやすいところに放り投げているのが丸わかりで情けない。この父親みたいな大人が誰でもよかったとか言いながら女子どもをターゲットにした犯罪に手を染めるんだ。悪い機嫌はいつも放り投げやすいほうに放り投げられてしまう。

 お母さんが洗濯物を取り込んでお風呂沸かして晩御飯作って洗い物してその他いわゆる名もない家事ってやつを片っ端からやってる間もずっとイヤホンを耳に挿してスマホで動画配信を見てるくせに何を不機嫌になることがあるというのか。晩御飯を食べてるあいだもずっと父親は動画を見てる。コロナの前はここまでじゃなかった。確かにご飯を食べながらスマホを覗いていることもあったけどそれをお母さんに嗜められたりしてたけどコロナになってからソーシャルディスタンシングだと言ってそれまで一緒に食べてた食卓を離れて一人だけ壁に向かって黙食することになったのは当初は飛沫対策だとか密回避だとかなんだとか言ってたけれどなんのことはない、自分の見たい動画をご飯を食べながらも見ていたいからそうしたんじゃないかと思ってる。そういえばあの頃はソーシャルディスタンスだと差別的意味が含まれてしまうからソーシャルディスタンシングということにしましょうっていうリベラル寄りの知識人の意見に感銘を受けてソーシャルディスタンシングって得意げに言っていたくせにすぐに何食わぬ顔してソーシャルディスタンスに乗り換えていたのも別にいいんだけど腹が立つ。

 晩御飯をご馳走さましてお風呂に入ってお風呂を出てからも父親は壁に向かってぶつぶつ独り言を言いながら動画を見ていた。お風呂に入る前には2缶あった焼酎ハイボールの空き缶がお風呂から出たら4缶になっていて、5缶めを呑んでいるところだった。お酒が入るといつもと同じスポンジの話をするか、あるいは今日はやたら機嫌が悪いのでまた悪い機嫌をこっちに放り投げてくる気がした。さっきまでソフトボールだと思っていたそれはお酒のせいで砲丸みたいになっているかもしれないから、そんなものをぶっつけられてはたまったものではない。話のわからない人のことは悪戯に刺激してはいけない。あたしが正しかろうが正しくなかろうが。いいえ、あたしはいつも正しい。しかし残念なことに父親もいつも正しい。正しいと正しいが戦うと弱いほうには徒労感しか残らない。強いほうには何か残っているのだろうか。あたしは強いほうになったことがないからわからない。ずっとわからないままでいいと思ってるけどわかってあげたほうが徒労感ある戦いは避けられるんじゃないかとも思う。なにしろ世界は難しい。

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