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1人目の客になれた話 月鉾保存会編

 趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。お店に限らず、展覧会とか動物園とかお化け屋敷とか体育館とか、なんでも1人目の客になれそうであればチャレンジします。

 京都の夏といえば祇園祭。今年は3年ぶりに山鉾巡行が開催されます。ニュースや新聞などで「3年ぶり」と見聞きするたび、「そうか、3年ぶりなのか」と思います。そんな長い時が経ったのか、という感慨ではなく、2年のブランクで開催することを「3年ぶりの開催」と言うのか、というちょっとした驚き、というか確認。ここで考えてみる。本来、山鉾巡行は1年に1回やっている(前祭と後祭があるから1年に2回やで、という意見はとりあえず置いておく)から、毎年「1年ぶり」の開催となります。これが1年飛ばされたら「2年ぶり」、2年飛ばされたら、ああ、確かに今年は「3年ぶり」ですね。納得。

 2年やらないと、やる人たちも大変らしいです。鉾の組み立て方とか、所作とか、マナーとか、よくわかりませんけど。確かに私も一週間やらないだけでレコード室のレコードの検索の仕方を忘れたりしますから、2年というのは、あの重量感ある山や鉾並みの重さがあるのだと思います。

 そうしたなか、今年は「3年ぶり」の山鉾巡行開催ということで、各山鉾町も思い入れがあるのでしょうか。気負いもあるのでしょうか。祭りへ向けた意気込みを感じたりもするわけです。いつもと同じように見えて、7月が近づくにつれ、四条烏丸界隈は、殺気を孕んだ緊張感がみなぎり出してきました。大袈裟に書いてると思ったでしょう。大袈裟に書いていますよ。

 昨日の京都新聞で四条新町東入るの月鉾保存会が会所の2階を改修して懸装品などを常設展示するスペースを整備したと書かれていました。7月の祭り期間以外にも文化財を鑑賞できるようにするそうです。こういった試みも、新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、なかったことかもしれません。だからコロナがあってよかったね、とは思いませんが、どんな逆境があっても、それに順応し、さらに活路を見出そうとするんですから、すごいですよね。人にそういう力がなければ、祇園祭もとっくの昔に終わっていたかもしれない。

 展示スペースが初公開されるのが6月11日、今日だったので30分ほど前に会所前に辿り着くと、誰もいません。めでたく1人目の客になれることは確定したらしい。しばらく待つと、白い法被のような装いの保存会の人が出てきました。きりっとした顔つきで「10時からでございます」と言われ、「それまでここで待たせてもらってもよいですか」と伝える。構わないという。赤い1人目の客Tシャツには見向きもしない。さすが月鉾保存会。待機していると、男女2人組がやってきて、私の後ろに並びました。優越感がもたげてきます。先方のお二人は別に勝負しようなんて思っていないのだと思いますが、こういうとき、先方の気持ちなんてどうでもいいんです。こちらが気持ちよくなるためなら、どんな人間像にだって仕立てあげてやります。つくづく自分の人間性がイヤになります。

 10時2分前、会所の扉がガラガラ開く。さっきのきりっとした人が、きりっとしたまま扉を開いていました。私も1人目の客になるためになどという邪な気持ちでやってきたとは、おくびにも出さず、拝観料を支払い、中へ入ります。心なしか、ひんやりとしており、長いこと開いてなかった蔵の匂いがしました。やや急な階段で2階へ上がると、そこが展示スペース。展示品の解説などはないので、昨日の京都新聞の記事を参考にすると、17世紀前半の前掛け「メダリオン中東連花葉文インド絨毯」や、円山応挙の孫の円山応震の下絵とされる天水引なとが展示されています。こんなことが書かれていても正直なところ「へ〜」とも思わないのですが、実際に目の当たりにすると、「ほほ〜っ!!」ってなります。興奮しますね。絨毯なんて、よく見ると、実に精巧でして、手作業でこの生き物たちが紡がれているのか、と近くで見れば見るほど唸ります。と、同時に私は、絨毯なんだから鉾を飾ったりする前に、床に敷いて上で寝転がりたいとも思うわけです。そんなことを私がしたら、極刑ものだと思いますが、ひょっとすると、保存会の皆さんは、鉾に飾る前にみんなで順番に寝転がっているのかもしれない。「君がいま、唸りながら眺めてるその絨毯に僕は昨日、寝転がっとったんやで」という優越感は、私が先程、後ろの男女に抱いたそれと比較にならないものでしょうよ。

 月鉾の鉾先に飾られるお月様や、くじ取り式のくじを入れる箱(くじ改めの儀で京都市長に見せるやつ)、稚児人形の於菟麿様も展示されていて、実に見応えありました。展示されているお月様は、先代のもので、先先代のものは、錆びてしまっているらしい。ずっと同じものを使っているわけではないのか、ということに驚く祇園祭初心者です。あんまりよくわからず、祇園祭って盛り上がるよねーくらいに思っている人は、ちょっと覗いてみるだけで、保存会の皆さんの祭りに賭ける思いや歴史の重さなどを感じることができ、これまでとは違う層で祭りを楽しめそうな気がします。ものの十数分、鑑賞しただけですが、退出するとき、私の顔は、きりっとしていたと思います。

 6月11日、午前10時に初公開された月鉾保存会の展示スペースの1人目の客は私です。※毎月第二第四土曜日曜の10時〜16時公開予定。7月8月は祇園祭の神事と儀式があるため、招待者に限定し、9月に一般公開は再開予定です。

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