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1人目の客になれた話 近鉄桃山御陵前駅近く編

 趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。先日、「明石家電視台」なる番組にゲスト出演してこの趣味についてお話させていただきました。関西圏のみの放送とはいえ、TVerでは全国どこでも視聴可能ということで、いよいよ私の趣味も全国区になったといえる。

 そうであるなら、たかが趣味とはいえ、いよいよ責任感を持ち、取り組まねばなりません。以前よりも「開店閉店ドットコム」をチェックする機会が増えました。

 今日は関西一円、大雨に見舞われています。こういうとき、我々も子供の頃はそうでしたが、子供はけっこう無邪気なもので、「大雨警報では学校は休みにならへんで。暴風警報が出ないとな」と伝えると、「クラス全員でせえので息吹いたら暴風警報出ないかな」と言っていました。

 この大雨のなか、伏見に居酒屋がオープンするという情報を知ってしまったからには行かねばならぬ。どうして知ってしまったのか。不運にも今日はまったく用事もない。京都市営地下鉄も近鉄電車も運休知らずである。私が今日、伏見にオープンする居酒屋の1人目の客になりにいくのに見事なまでに障壁がない。

 幸い、大雨ゆえ、ライバルは少ないはずであるから多少遅く出発しても問題はなかろう、という思いと、しかし、わざわざ伏見まで行くのに1人目の客になれないのは絶対に避けたいという思いを秤にかけ、17時オープンのお店に40分前に到着できるよう逆算して、四条烏丸にある職場を出ました。

 今回、いわゆる「ロケハン」をしておらず、そのうえ土地勘のない伏見ということで、念には念を入れ、店の最寄りの桃山御陵前駅に16時過ぎに到着する電車に乗ったのですが、着いてみたら実にわかりやすい場所にお店があったので結果オープン50分前にお店の前に到着してしまいました。

 ガラス張りの入口からお店の中が見えます。店の名前の書かれた提灯と、プレミアムモルツの提灯がカウンター席の上に交互に飾りつけてあるのが見えます。
 普段、私はこの文章を書くのに、スマートフォンを右手に持ち、メモ帳を開き、左手の指で文字を打ち込んでいるのですが、先ほどからの大雨で傘を持つ左手がふさがっているため、スマートフォンを右手で持ちながら、右手の親指で文章を打ち込んでおります。やりなれていないので、さっきから予測変換を間違えまくっており、ストレスになっています。傘を打つ雨音がうるさい。このスマートフォンも私の右手親指をうるさく思っているのかもしれません。

 お店の中から男性スタッフの方が大きな看板を抱えて出てきました。「17時オープンですよね、待たせてもらってもいいですか」と聞くと、そっけない感じで「いいですけど、まだ時間ありますよ」とおっしゃる。構いませんと答えつつも、歩行者も通るこの店の前に大きな傘をさして立ち尽くすのは迷惑なのではないかという気もしてくる。
 プレミアムモルツが一杯180円であることや、大分中津からあげが名物であることなどを謳う看板が設置されていき、お店らしくなっていく。
 花屋さんが開店を祝う花輪を持ってくる。
 新店オープンのムードが高まる。グレンミラーオーケストラのインザムード、あるいはスティービーワンダーのサーデューク的な音楽が脳内を流れますが、お店のテイストに似合うのはもっとなんというか、ファンキーモンキーベイビーズとか、そっちの感じなのではないかと思われる。

 誤字変換に苛々しながら五時開店を待つ私ときたら白居易みたいに韻を踏みがちなのですが実は白居易のことをよく知りません。「走馬灯のように」を使いたがる人が走馬灯をよく知らないのと同じです。白居易とか言わずとも昨今のラッパーさんの名前を出せばよいのですが、そちら方面は名前を知らないくらい疎いので、名前だけは知っている白居易のほうを選択しました。

「濡れるしオープンまで中で待たはりますか」とスタッフの方が声を掛けてくださったのがオープン20分前くらい。その言葉を聞いたとき、そうだ、40分前からずっと私はその言葉を欲しがっていたんだと気づく。
 しばらく待っていると店内にBGMが流れ、おそらく阿部真央とみられる曲が流れ出す。やはりグレンミラーではなかった。別にどっちでもいいんです、1人目の客にさえなれば。あ、明石家電視台で森香澄さんがTikTokのこと紹介してるときに流れたクリーピーナッツの曲が流れてきました。絶妙にコミカルな寛平さんの動きを思い浮かべて楽しくなる。

 オープン8分前、「今日、いきなり予約で十人くらい来るけど」というミーティングがはじまる。早めに来ておいてよかった。十人に飲み込まれてしまうところでした。まあ、飲み込まれたところで、十人より先に会計を済ませて、1人目に会計した事実上の1人目の客になればいいだけなんですけど。

 女性スタッフの皆さんが自己紹介し合っていて微笑ましい。「ゆき(仮名)です」「ゆみ(仮名)です」「似てますね」「きゃはは」っていう黄色いノリ。笑い声を「きゃはは」と表現したのは今日の私が新沢基栄先生以来なのではないか。私も自己紹介していいですか、趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです、涌井慎と申します。

 令和6年5月28日、17時、近鉄桃山御陵前駅近くにオープンした「大分からあげと鉄板焼 勝男」の1人目の客は私です。

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そんな私の趣味についての記録を綴った著書『1人目の客』と、私が着ているとってもかわいい「1人目の客Tシャツ」はネットショップ「暇書房」にてお買い求めいただけます。

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