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霊感商法:青森事件/水子が畳を這い回る「悪霊」恐喝の背後捜査書【ネット記事アーカイブ】

朝日ジャーナル1987年(昭和62年)1月30日号

1983年、青森県でおどろおどろしい事件が起こった。

ある主婦を「亡夫の霊」「水子の霊」が出たと脅した霊感商法の一味が逮捕された。85年、米カリフォルニア州で、日本人の女宣教師が殺された。被害者は名古屋で霊感商法にたずさわっていた。
両事件に共通しているのは、統一教会とのかかわりである。同教会はこれまで霊感商法とは関係なしと主張してきた。けれども青森の事件で警察は「犯人の会社は統一教会の思想教育を受けた者の集り」と断定した。
恋も知らないまま、22歳で生命を絶たれた女宣教師の遺品のなかには、「天のお父さま」への熱い信仰告白と、文鮮明師夫妻の写真があった。善良な信徒たちを、組織的悪行へ駆り立てている「見えざる手」は、どの神さまの意思で動いているのか。
全国に巧妙な触手を伸ばす「霊感商法」が捜査当局により補捉され、裁判で解明された事例がある。1984年1月12日、青森地裁弘前支部で3人の被告全員が有罪となった恐喝事件だ。
被告は福島県出身のA(36)、山形県出身のB子(31)、岩手県出身のC(31)。事件は二つの面で注目に値する。一つは手口のひどさだ。目的のために手段を選ばぬ霊感商法の行き着く先を示す。もう一つは、意欲的な捜査陣の手により、背後関係について相当の証拠が集積されたことだ。この商法の裏面にうごめく手が暗示されている。
青森地検弘前支部で確定裁判記録のページを繰った。窓外の冬空は毎朝の陽光が昼を待たずに消えて、鈍色の空間からおともなく雪片が舞い落ちる。それにも増して寒々とした気持ちにさせられたのは、分厚な記録が物語る事件像だ。
被害者は青森県内に住む主婦P子さん(50)。検察官に対する供述調書によれば。
――82年秋、自宅に印鑑販売員がやってきた。青森市にあるという「グリーンヘルス」社の名刺を出したその女性販売員は、P子さん方の印鑑を見て「名前の書き方が間違っている」などといった。「私の会社の印を使えば運が開ける」。心の揺れがP子さんに生じた。
P子さんの半生は恵まれたものとはいえない。農家に嫁いだが夫婦で出稼ぎの生計は苦しく、二児をもうけた後は、妊娠するつど中絶を繰り返さざるをえなかった。この夫はがんで死んだ。6年後に再婚した現在の夫も交通事故で脳挫傷を負い、言語障害で仕事のできない状態になっている。
結局、印鑑3本セットと実印を買った。販売員は2時間ほどいて、P子さんの身の上話を聞き終えると、帰って行った。
間もなく、その人が男女を伴い2種類の壺を持って再訪した。「これをなでれば幸福になれる」と今度は壺を買うように勧めた。安いほうで60万円と聞き、断った。
このころP子さん方の収入は、3カ月に1回入る約30万円の夫の障害年金のほかには、内職で稼ぐ毎月約2万円だけ。夫の兄弟から米や野菜を分けてもらうギリギリの生活だ。印鑑も月賦払いにした。

[出典:朝日ジャーナル1987年1月30日号]

83年7月26日ごろ、男の声の電話が入った。

「前に印鑑を買ってもらったグリーンヘルスの者だ。先生(霊能者)があなたの先祖を拝んだら、悪い霊がいっぱいついていた。先生から手紙を預かったので持って行く」。翌日、その男Aがやってきた。Aは、「先祖の霊が成仏できずにいる。悪い霊を取り除かなくてはならない」と、持参の手紙を読み上げ、「先生」に会うよう執拗に勧めた――
Aはのちに検察官にこう自白した。「手紙の内容は自分で考え出し、他の販売員に毛筆で書いてもらったもの。P子さんを誘ったのは、グリーンヘルス社の顧客カードから選んだのです」。霊能者のお告げではなかったわけだ。
そうとは知らぬP子さんは83年7月28日朝、車で迎えに来たAに伴われて、脅迫の現場へ向かった。障害のある夫も同行した。連れ込まれたのは浅虫温泉のホテルの一室だった。P子さんに対する陰惨な脅しは、この一室でこの日午前10時半ごろから午後8時ごろまでの間、行われた。判決と、P子さんらの検察官調書から状況を再現する。
「皆殺しにするぞ」主婦の連れ込まれた戦慄の密室
――和室の壁際に細長いテーブルが祭壇のように置かれ、壺が飾られていた。P子さん夫婦は壺から火の出る様子を映すビデオを見せられた。Aが30歳ぐらいの先生を請じ入れた。B子である。先生はP子さんの先祖の「罪」についてあれこれと説き始めた。途中で夫は外に出された。
2人きりになると、先生はいった。「あなたが堕した子供や病死した前夫が成仏できずに苦しんでいる」。ひるむP子さんにたたみかけた。「全財産を投げ出して成仏させないと不幸が続く」「正直にいいなさい」。何度も促され、P子さんは財産を打ち明けた。
夫の交通障害保険として1200万円が入った。それをそのまま銀行預金してある。ほかに少しずつためた郵便貯金。
聞き出した先生は、「全部出しなさい。そうすれば霊を成仏させてやる」といった。「霊が苦しんでいるのにお金を出さないのか」とどなったりもした。執拗な要求に、連れて来られる際の話と違うことに気づいたP子さんは帰ろうとした。
だが入り口には人が立っており、ドアを開けさせないようにしていた。仕方なく先生に「うちの人の事故で得たお金。自分では処分できない」と説明したが、先生はきつい口調でこういった。「霊がどういうふうになっているか見せてやる」。
先生は祭壇を拝み始めた。夫も連れてこられた。「おやじにも見せてやる」と、先生はP子さんに向かっていった。いつ入室したのか、1人の男がいて、どなり声をあげて暴れ始めた。「前夫の霊が乗り移った」と。この男がCである。
Cは室内を走り回り、「みな殺しにするぞ。成仏させてくれるのか、くれないのか」とわめきながらP子さんに何度もまとわりついた。押し倒し、殴りかかる。Aがそのたびに引き離す役回りをした。夫もまとわりつかれたが抵抗できなかった。
P子さんは気味悪さと恐ろしさで体がふるえた。CはさらにP子さんを抱きかかえて窓のほうへ連れて行き、外へ投げ出す素振りを見せた。部屋は四階。小柄なP子さんは「突き落とされて死ぬのでは、と思った」と述べている。Aがとめに入った。そのくせAは、P子さんらを部屋から解放してやろうという素振りはまったく見せなかった。
「堕胎児の霊が乗り移った」と称する女性ら数人も登場した。赤ん坊のように床に丸まり、少しずつ這ってP子さんに近づいて来る。「寒いよ、寒いよ」、「どうして生んでくれなかったの」などといいながら、P子さんのひざにまでにじり寄って来た――
Aの「とめ役」が、実際は共謀の上だったのは、判決などでも明らかだ。水子のしぐさをした1人、グリーンヘルス社の女性販売員(36)=起訴猶予=は検察官にこう語っている。
「控室に、B子もAもCも出入りしていた。Cは『これから霊を出す』といって控室から出て行き、P子さん夫婦のいる部屋に入って行った。Cの声で『うっうっ』という声や、赤ちゃんや動物の泣き声みたいな声、男の酔ったような怒ったような声がし、また暴れ回っているような物音も聞こえてきた。P子さんと思われる女の『キャー』という叫び声や、逃げ回っているような物音も聞こえました」
――悪霊の場面が終わり、再び2人きりになると、先生はP子さんに「霊が苦しんでいるのがわかったでしょう。財産を全部出しなさい」といった。お盆前に子供に大変なことが起こる、などと脅したあげく、「神様は1200万円でいいといっている。神様はこれ以上は許してくれない」と迫った。
「長時間にわたって、部屋の中で責められ、疲れきっていた」P子さんは、とうとううなずいてしまった。翌日、Aらに銀行へ連れて行かれ、定期預金を解約して1200万円を渡した。なぜかそれから2、3日うちに、Aが頼みもしない「一和高麗人参濃縮液」三ダースを自宅に置いて行った。

[出典:朝日ジャーナル1987年1月30日号]

P子さんは、8月2日、警察へ届け出た――

Aらの行為には多くの仲間が加わっていたが、特に悪質なAら3人が起訴された。83年12月の第1回公判で3人は罪状を認めた。検察側は論告で「本件は組織的な犯行であり、被告人3名の責任も重大だ」と述べた。
興味深いのは弁護人による弁論の中身である。犯行の動機はAの販売成績をあげたい一念だけでなく、被害者を何とか救ってやろうと考えたからだとし、裏付けとして「被害者から受け取った金を一銭も取らないで、全額グリーンヘルスに納め」た、と述べている。弁護士の意図は別として、通常の委託販売員の行為にしては不自然な感をいなめない。
判決は、「被告人らはP子の家庭が不幸続きであることを知るや、これを利用して金員を喝取しようと企て……」と、ほぼ起訴状通りの犯罪事実を認定。三被告にそれぞれ懲役2年6月、執行猶予5年を言い渡した。

[出典:朝日ジャーナル1987年1月30日号]

宗教・壺セールス・韓国・原理~洗われて行く背後

被告たちの背後関係に関する資料を、確定裁判記録(事件記録)から拾った。おのずと浮かんで来る一つの集団があった。
《宗教とセールス》
主謀者格とされるAの経歴に関し、Aの父はこう供述した。
――急に息子が会社を辞めるといい出したので理由を聞いた。息子は、
「キリスト教みたいな宗教に入ったので、セールスをやらなければならないので仕事を辞めないとだめなんだ」と話した。家族の反対を押し切り81年末に退社し、家には帰って来なくなった。82年秋、健康食品や印鑑を積んだ車で一度立ち寄った。83年正月にも来て「結婚して韓国に行って来た」と話した――
《クレーム対策委》
Aらと共謀し先生役をしたB子も実際は販売員である。B子の供述。
――私は81年から委託を受けて印鑑や壺の訪問販売をしている。
現在は仙台市に住んでいる。Cは、私が山形にいたころ属していた印鑑、壺などの販売会社の社長だった人。
私は、山形市内で壺を買うよう勧めたことが恐喝未遂、詐欺になるということで警察の取り調べを受けたことがあるが、処分はされなかった――
一方、警察がAの勤務先である青森市のグリーンヘルス社を捜索した際、事務室から「クレーム対策委員会」という表題のあるメモが発見された。
こんな内容である。
「会社ホーム 委託員の住民票のある所…証拠なし。日頃気をつけておく」
「メンパーの教育…東京の問題のように、突然(教育なしに)逮捕されずに済んだこと」
「突然の場合…氏名のみ、あとは黙秘」
「対警察応対策、法律の勉強」
「山形事件盛岡事件…等、今後、警察との問題交渉に当たる際、揚げ足を取られないように、訓練を要する」
「消費者センター渉外」
明らかに警察対策、苦情対策の手引だ。「対策委員会」の名称や、何より文面は、極めて広い活動範囲の組織があり、法に触れる危険を自認しており、グリーンヘルスもその末端であることを示唆している。
《韓国・結婚》
Aに関してと同様、B子の供述にも「韓国」が登場する。
――現在私は韓国人の夫と結婚している。ただ入籍はしたが別居生活で、夫は韓国にいます――
B子宅を捜索した際の写真撮影報告書に、「洋服タンスの中には衣類が下がっており、すみのほうに、文鮮明の写真1枚があった」との記述がある。文鮮明師とは、韓国で「世界基督教統一神霊協会」(統一教会)を創立した教祖。同協会が展開してきたのが世に知られている原理運動だ。
《押さえられた原理講論》
警察官によるA宅の捜索などで、多くの証拠が押さえられた。この中には、奇妙なメモ書きのある封筒=後述=や『原理講論』『原理講義案』の本、雑誌『世界思想』などがあった。A宅捜索時、窓からバックを捨てる証拠隠滅の一幕もあった。
『原理講論』は、統一教会の教理解説書、『世界思想』は、やはり統一教会の文鮮明教祖を創始者とする「国際勝共連合」の機関誌である。

[出典:朝日ジャーナル1987年1月30日号]

「被告は統一教会の信者だ」断定した捜査報告書

《被告と統一教会》
確定裁判記録の中に、「被疑者と統一協会とのつながりについて」と題する、起訴前の83年11月27日付警察捜査報告書がある。抜粋すれば次の通りだ。
――被疑者Aに係わる恐喝事件については、初め印鑑の販売から始まり、次に壺の販売、その間における客からの経済状態及び財産関係の聞き出し、更には悪霊祓い名下に、現金の喝取と一連の行為は、これまで押収、領置した「クレーム対策委員会の資料、販売契約時の心構を記入した姿料、担当者の心構えと姿勢についての資料」などのなかから、会社ぐるみの犯行であることは、10分認められるが、このAが所属するグリーンヘルスという会社は、世界基督教統一神霊協会(統一教会)および主義思想を同じくする、異名同体の国際勝共連合の思想教育を受けた者の集りであることは本年11月15日に被疑者宅を捜索した際、同所で事情聴取したH(31)、M(37)、N(31)らの申し立てから、明らかであり、また当署巡査部長Kが領置した国際勝共連合発『世界思想』11月号(A様とうらに記入あり)からもAが勝共連合と同じ思想の統一教会の信者であることは明白である――
《「答えたくありません」》
取調検事とAとの間でかわされた、背後関係をめぐる問答で、Aはすべての回答を拒否している。検察官調書から抜粋しよう(表記は調書の記載通り)。
問:あなたは宗教を勉強していたということも言ってますが、あなた自身は宗教に入っているのですか。
答:個人的なことですので答えなくてもよいと思います。
問:11月30日7時20分から私の取調べを受けたときに、「世界キリスト教統一神霊協会」に入っていると言っていますが、その協会に入っているのではありませんか。
答:答えたくありません。
(中略)
問:Mという人を知っていますか?
答:知りません。
問:あなたのところを捜索したときに、いた人ですが、それでも知りませんか。
答:知りません。
問:Mから聞いた結果の捜査報告書によればMは、宗教団体統一原理宣教師であるが、あなたとは、信仰が同じという糸で結ばれていると話しているということになっているがどうですか。
答:答えたくありません。
問:今回の事件は、神がかり的で宗教的色彩を帯びているので、あなたがどういう宗教を信じているかどうか、関係してくるわけですが、自分の信じている宗教を明らかにして今回の事件との関係をはっきりさせるべきではありませんか。
答:自分の宗教については言いたくありません。
(中略)
<Aに対し、すでに領置した領収書や「青森第1へマナ展費用70.0勝共負担金32.5」と書かれた封筒を示したうえ>
(中略)
問:マナ展費用70.0勝共負担金32.5というのは何ですか。
答:いずれもわかりません。
問:これは、青森第1マナ展の費用として70万円、勝共連合の負担金として325000円渡したという意味ではありませんか。
答:わかりません。
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さきの「クレーム対策委員会」メモには、「揚げ足を取られないように、訓練を要する」のあとに、こんな教えが続いていた。
「条件の奪い合い。答えていいこと。答える必要のないこと」。社会的な罪は場合によりスンナリ認めてもよいが、組織には迷惑をかけないように、との趣旨なのだろうか。
事件の卑劣さはおそらく誰の目にも明らかなはずだ。検事とのやりとりの際、せめてAの内心には葛藤があったことを信じて、被告は仮名にした。

[出典:朝日ジャーナル1987年1月30日号]

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