見出し画像

日本酒が製品として出荷されるまで

前章


蔵人たちの闘いはこれからだ!

前回までで日本酒のアルコール発酵までの説明は終わったわけだが、きちんと製品として安定した状態で売り出す為には、まだまだ気を配らないといけないこと、やらないといけないことがある。
…ので、もう少し解説を続けたい。

前回までの解説の時点では、酵母サッカロマイセス・サケくんはまだなんとか生きてる。酵母くんが生きていると、どんどんブドウ糖を食べていってしまって、ドライになってしまう。
それから、高いアルコール度数にもやられることなく生き残る、火落ち菌という乳酸菌が厄介なんだ。嗜好品として楽しめないほどの酸味や悪臭を醸してしまう。この火落ち菌のせいで倒産した酒蔵というのが幾つもあったらしい。

漫画「もやしもん」より『火落ち菌の七月革命』

で、この火落ち菌を殺菌したり、酵母の働きを止める為に、低温殺菌をする。60度前後で5分~10分。
100度辺りまで熱してしまうと、そりゃ完璧に殺菌できるだろうけど、風味や香りも飛んで台無しになってしまうから、時間を掛ければ菌は殺せるけど、風味や味には影響の出ない範囲でじわじわと殺菌するわけだ。
これを火入れという。

低温殺菌法が世界的に確立したのは1865年のルイ・パスツールの研究によるものらしいから、遡ること300年以上前の室町時代にそういった手法を取り入れている日本の酒造家の人たちは凄いな!


火入れいろいろ

この火入れを全く行わずに瓶詰めする酒を生酒、一度きり行って瓶詰めする酒を生詰という。
きっちり二度火入れする派としては、火入れ後に瓶詰めして、熟成させて、その間に余計な菌が繁殖している可能性を考えてもう一度瓶ごと火入れするパターン。
火入れ後に桶ごと熟成させて、再び樽ごと火入れしてから瓶詰めするパターン。
いろいろあるようだ。
それらによっても、味わいに随分違いが出てくるんだろう。
…日本酒ほとんど飲まないので、あまり感想が言えません(笑)
山廃仕込みの菊姫は美味かった!
あと、作(ガンダムのザクをもじったらしい)も好き。


生酒と生ビールの、いっそ正反対な性質

生酒は火入れをしていないから、酵母も生きていて、熱に弱いであろう複雑で繊細な香りや味わいをそのまま楽しむことができる。
ただ、酵母が生きている為、保存期間中に発酵が進んで味が変わってしまうので、早めに飲むのがお勧めだ。冷蔵保存だと、九ヶ月は大丈夫なようだが。

一方で、生ビールは、「火入れしてないから生酒と同じで、生ビールでいいだろう」って感覚で命名されたそうなんだが、その実態は、日本酒の生とはかけ離れている。
NASAで開発された特殊なフィルターによって、ビール内の酵母を完璧に取り除くことができるようになったんで、火入れしなくても過発酵を防ぐことができるようになっただけ!
実際のところ、フィルターによって、酵母はもとより、他のいろいろな成分もごっそり濾過されてしまうので、よく言えば雑味のないキレのある味わい、悪く言えば旨味も面白みもない味わいとなってしまった。

同じ生でも、性質としては正反対ってことで😅


ひやおろしは、熟成のたまもの

秋頃に出回るひやおろしというのは、清酒をじっくり寝かせて出荷したものだ。この熟成こそが、火入れという技術のお陰で可能になる工程だ。
火落ち菌による腐敗に悩まされることもなく、酵母による過発酵に悩まされることもなく、じっくりと熟成させて旨味を増した酒が、『秋あがり』と呼ばれる。……対して、熟成させていたはずが劣化している酒を『秋さがり』という。現代の技術をもってすれば、そういうこともないので、再度の火入れをすることもなく常温の侭で出荷される酒ということで、『冷や卸し』と呼ばれる。
名前とは正反対に、燗に付けて飲むのがいいらしい。

この熟成するとまろやかになるというのをきちんと解明できた人は未だいないらしい。…ので、そういうもんだと理解して欲しい。ありとあらゆる食材において、だな。

他にも、数年熟成やら、ブレンドって技術もあるようだが、流石に興味が追いつかないので割愛。
何にせよ、最終的に職人がきちんとテイスティングして確かめてるので、好きな人には嵌まる味わいなのかもしれない。


日本人のおもてなし精神が如実な、割り水出荷

日本酒ってだいたい、アルコール度数15%前後ぐらいで安定しているわけだが、原酒は、前章で解説したとおり、20%前後で仕上がっている。
これを敢えて割って抑えるんだ。
日本人で酒に弱い人口は、西洋に比べてかなり高い。その辺りは過去に書いたのでこれまた割愛。
更に、どの塩梅で水で割れば美味しいかも、蔵元で厳選して割る。日本酒の名産地が、水の美味しい土地と重なる理由。

更に、予め水で割っておくことによって、水と酒が馴染んでまろやかになるという魔法も掛かるから、一石二鳥。


とても語りたかった、醸造アルコール添加の功績!

日本酒を吟味する際「あ~、これ醸造アルコール入ってる」って指摘を、過去、残念そうな口調で幾度か聞いたことがある。
正直、日本酒の美味しさをよく分かっていない己としては、なんかあかん添加物なんだろなとがっかりしていたのだが、実際は違うというお話。

これは別に水増ししようとしてアルコールを入れているわけではない。
醸造アルコールだって、サトウキビを原料とした極力雑味を抑えることができる純アルコールを丁寧に製造している。
で、法律によって原材料の10%未満と定められているし、大抵は3~5%に収まっているとのこと。

何でこんなことをやっているかというと、アル添(アルコール添加)した方が、クリアでドライな味わいを出しやすいから。
味が濃厚すぎて、このままだとちょっと重いぞってときに、入れるわけだ。
アル添はいわば繊細な調味料的な扱いで、使いこなすにはかえって技術が要る。淡麗辛口って味わいの日本酒を造りたいときには、お誂え向きって感じらしい。


酒粕の香りを酒に戻し、溶かし込んでくれるアル添

香り成分は、水に溶けにくい性質のものが多い。
油やらアルコールとの親和性が高いんだな。
だから、うっかりすると、油分たっぷりな絞りかすである酒粕の方に、酒の芳醇な香りが絞り出されてしまう。
で、この酒粕にアルコールを入れてあげて再抽出して日本酒に戻してあげると、華やかでフルーティーな香りが戻ってくる。
だから、醸造アルコール添加の酒は、香りに拘っている系の職人の頑張りとも見て取れる。


アル添、江戸時代初期からでした

柱焼酎っていう米焼酎を、日本酒に添加している。
童蒙酒造記という書籍に詳細が書かれている。
「味がシャンとして、足強く候(火落ち菌にやられたりしないよ)」
アルコール度数が爆あがりするから、流石にアルコールに強い火落ち菌も、死滅しちゃうと。


なんでアル添は不評なんだ?

現代においては、かさ増ししないといけないほど米に困っていない。
評判落とすくらいなら、使わなきゃいいんだろうけど、敢えて使っているからには、ポリシーがある。
ただ、一時期、どんだけアル添して品質落としても、世の中のニーズに応えなければ! ってご時世があったわけだ。

それが昭和初期の戦後日本。
働き手は軒並み兵員として駆り出されてるし、戦後、酷い冷害に見舞われたらしく、米の大凶作が二年ほど続く。
その反面、人心は荒廃しているから、現実逃避としての酒の需要は爆あがりするわけだ。
で、政府は、三倍醸造酒を許す。
酒1に対してアルコール添加2
ほぼほぼ添加されたアルコール。お酒風味のアルコール。
勿論、今の世の中こんなものはないし、評判落とすくらいなら作らない
たべものラジオさんも熱く語っているが、この誤解を解きたい酒造家さんはとても多いらしいので、何卒よろしく。



技術で語る日本の酒

お酒の裏のラベルの文言って、技術のことがたくさん書いてある。
お米の種類みたいなことも一応書いてあるけど、それは小さくて、生だとか原酒だとか、技術に対してどうだっていう表現が、比較的多い。
だから、日本酒について理解を深めるには、米の種類を知るよりは、技術について知る方が手っ取り早い。

逆にワインだと、葡萄の品種や育て方に関する記載が詳細で、売り込み方を弁えていらっしゃる。

本醸造、吟醸、いろいろあるよな…。
これを明確に説明できる人、どのくらいいるのって感じの世界だ。

大雑把に二分すると、特定名称酒普通酒に二分される。
普通酒は特定名称酒以外の酒ってことで、酒造りの工程で特殊技術を発揮していない酒ぐらいの立ち位置だろうな。

で、本醸造・純米・吟醸とかの名称が付く奴を、特定名称酒と位置づけている。

で、その特定名称酒のカテゴリー分けが、数学でいうところの行列みたく複雑化しているから、敷居が高い。判断する物差しが二三種類あって、SNSで流行の性格診断的に幾つもの結果に分かれるわけだ。


現代において日本酒の名称規定は全部、国税庁の税法規定

明治時代辺り、日本の税収のかなりの割合を酒税が満たしていたらしいからその名残なのかな。普通は農林水産省辺りの管轄になるらしい。

・純米であるかどうか(アル添しているかしてないか)
アルコール添加している時点で、醸造アルコールの原料であるサトウキビが入ってしまっているので、純米ではない。

・精米具合
玄米から何パーセント削りましたか。

・吟醸造りかどうか
(゚Д゚)(この時点でさっぱり分かってない)


精米具合

基本的に、特定名称酒というのは、精米具合が定められている。
定められた基準よりも良く磨いてあれば、この名前を名乗って良いよっていう感じだ。
本醸造:精米具合が70%以下 (三割米の外側を削ってるよ)
吟醸:精米具合が60%以下 (四割米の外側を削ってるよ)
大吟醸:精米具合が50%以下 (五割米の外側を削っているよ)



更にややこしくする特別本醸造 特別純米酒

本醸造は精米具合が70%以下なんだが、特別本醸造は特別に磨いてるから精米具合60%以下だよということで、じゃあ吟醸って名乗れば良いじゃないかと思うんだが、吟醸はより香りに拘ったお酒で、本醸造は味に拘った酒という特徴もあるらしく、だからそのイメージを大事にしたくて、「特別本醸造」と名乗っているそうだ。

特別純米酒は、精米具合60%以下で、「香味、色沢が特に良好」なアル添してない純米酒が名乗ることができる。これも吟醸って名乗ればいいんじゃないかと思うが、香りよりも味わいを優先していると伝えたいんだろう。

それから、精米具合が70%ぐらいの、本醸造と分類される日本酒は、純米本醸造などと名乗ったりはせず、純米酒と名乗る。だから、本醸造とラベリングしてある酒は、基本、アル添してある。


精米具合と香りと味の関係

精米具合で50%や20%、へたすると0%(99%磨いてますという誇張表記)なんていうのもある。
日本醸造協会の理事長兼会長石川さんによると、基本的には40%まで磨けばもう十分で、それ以上磨いても変わらないし、むしろ20%以下だと、確かに吟醸の華やかな香りは強くなるんだけど、味が薄っぺらくなってしまう。ただ、それでもお米の味が確りして評価の高い酒があるのも事実だが、それは精米具合によるものではなくて、他の技術が優れて補っているお陰だろうとのこと。

例えば、毎年の米の芯のサイズや水分量とかを帳簿に細かく記していたり、綿密な計測の積み重ねが、職人の勘として培われていくと。
酒造りはほとんど寝ずの番の仕事で、二時間おきぐらいに様子を見て手を入れないといけない。高泡のときが一番大変で、絶対に溢れさせてしまってはいけないから、泡番といって交代制で見回りするそうだ。
酵母や乳酸菌、米麹という微生物のお守りをしているようなもんだから、職人の勘は馬鹿にできないだろうな。


吟醸造りとはなんぞや

これの特徴は、60%以下まで磨いた米を、低温でじっくり発酵させることで、メロンやバナナのような、華やかで甘い香りを引き出していること。

この吟醸酒の為に開発された酵母もある。日本醸造協会が開発した「協会7号」「協会9号」。自治体が開発した、福島の「うつくしま夢酵母」、静岡の「静岡酵母」などだ。それ以降も続々と新しい酵母が開発され続けてる。

明治40年(1907年)から「全国新酒鑑評会」という酒の品評会が始まる。それで上位を取れば、売り上げも爆上がりするので、全国の酒造家たちが頑張って美味い酒を造るわけだ。
で、この品評会の基準の中に、『香りが良い』ってのもある。だから、この全国新酒鑑評会用に味してした、略して吟醸酒という種類が誕生することになる。

今は吟醸酒は一般流通しているが、2005年以前は流通してなかった。特定名称酒という分類が生み出されたのも平成元年以降だから、割と最近の話だ。
吟醸酒が一般流通してなかったのは、滅茶苦茶作るのが大変だという現実的な理由😅 作る手間と労力を考えると、一万円で売っても割に合わないレベル。
ただ、日本酒は一樽造るんで、コンクールに出す瓶以外にも何百本か余った瓶ができる。これをラベルを付けることもなく新聞紙に包んで、地元の酒屋さんや飲食店に分けてあげていた。だから、通称「新聞紙」とか「新聞がみ」なんて呼ばれてありがたがられていた。

心白(しんぱく)=米の中心の白濁している部分のこと

精米というのはどうやっているかというと、心白を割らないように、そーっと回りをちょっとずつ削っていく。精米が完了するまでに、二昼夜はかかる。
削っている間もどんどん乾燥していくし、心白自体、水分が行き渡っていない場所だから、取り扱いがとても大変なんだ。心白が割れてしまったら品質にムラができるから、アウト。今でも手作業でやっている。

ちょっとでも湿気のある場所に置くとすぐに水を吸うし、洗うときにもとても慎重にやらないと水を吸ってしまうし、米を蒸す前に吸水させるんだが、余りに水を吸わせすぎると、麹カビをくっつけたときに急激に糖化が進みすぎて、酵母が高糖度で死んでしまう。だから、吸水時間が30秒ずれたら駄目になるといったシビアな仕事。

蔵総出で、杜氏さんが陣頭指揮を執って体育会系のノリで行うらしい。
冬場なのに暑すぎてみんな半袖で、タイミングを合わせる為に掛け声上げて、大変な作業だそうだ。


で、発酵する際に低温を保つことで、酵母くんが香り成分を引き出す酵素を出してくれる。本醸造なら10~15度で、2~3週間掛けて発酵するところを、吟醸では基本10度以下で、5~6週間掛けて発酵させる。
ただ、この温度管理も大変らしく、0.2度とか0.5度とか温度が下がっただけで「もう駄目ッす、動けないッす」って酵母くんが根を上げてしまう。だから本当に、巨大な樽の中で、ぎりぎりの温度管理が求められる。

更に、低温だから蒸し米も混ぜにくく、どうしてもムラができやすくて、低温だから麹カビの働きも悪く、酒粕ができやすい。つまり、歩留まり(原料に対する製品の比率)が悪い。コストパフォーマンスが悪いってことだな。
そういうわけで、非常に値の張るお酒となる。


日本酒の選び方

つまるところ、吟醸が手間暇掛けて大変だから、吟醸が一番優れているという話ではない。かつては酒の分類は”特級・一級・二級”といった分類が為されていたらしく、その時代の人はそういった感覚で受け止めがちらしいんだが、要は、日本酒に何を求めるのかで判断するのが一番。

淡麗か芳醇か、熱燗にするか冷やで飲むか、香りを楽しみたいのか味を楽しみたいのか、生酛造りの複雑で繊細な味わいを感じたいのか。これまで語った知識でラベルを読めば、なんとなく求める日本酒を手に取ることができそうじゃないか?

純米 生 吟醸 (アル添してない 火入れもしてない 味わい深く香り高い吟醸酒)
無濾過 生 原酒 (アル添してない 濾過してない 火入れもしてない 割り水もしてない荒々しい酒)
純米 無濾過 ひやおろし (アル添してない 濾過してない 吟醸も特別も付いてないからおそらくは本醸造 ひやおろしだからまろやかで、燗に付けて飲むのがよさそう)

日本酒度は甘口と辛口の基準

更にもう一個、ラベルに記されていることの多い記述がある。
それが、水に対する日本酒の比重を記したと書くと分かりづらいが、要は甘口辛口を数値化したもの。

KUBOTAYAより

酸味との兼ね合いもある為、二元化しているが、要は日本酒度がマイナスであるほど甘口で、プラスであるほど辛口ということだ。
もう一つ重要な要素である旨味までは計ってないので、あくまでも参考程度に。

以上、長々とうんちく語りにお付き合い頂き感謝!
皆様の日本酒の楽しみ方が深まることを祈って、今回はこの辺りで筆を下ろします。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?