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第3部 南西部への旅       [20] New Mexico を旅する

20-2  Pecos Pueblo 古代遺跡へ

 Pecos Pueblo 古代遺跡は「Pecos National Historical Park」にある。陽の暮れ始めた頃、ペコス国立歴史公園内のキャンプ場に到着する。
 ログキャビン背後に、薄っすらと松林の黒いシルエットが浮かんでいる。
 山間のキャンプ場に陽が沈むと気温が一気に低下する。ニューメキシコは寒かった。春の暖かさはどこに......真冬の寒さの中にいる。
「Ryu, it seems like the temperature will be minus at midnight......深夜は気温がマイナスに...... We cannot stay in tents tonight, so let's stay at the cabin.」

 シーズン中にも関わらずワンルームのログキャビンにチャックインできた。
 ログキャビンの室内は冷え切っていた。室内の暖房を入れるが、電気ヒーターは小さく部屋が暖まらない。寒さに震えながら、薪ストーブに薪をくべ火をつける。薪がパチパチ音をたて、勢いよく炎がパッと燃え上がる。薪が燃え盛りやっと部屋が暖まり、一息ついた。

 火照った身体を冷たい夜風に晒しポーチに佇みながら、二人で漆黒の星空を見上げる。
 街灯りから遠く、空気が澄んでいるのだろう。闇空に瞬く星々がくっきりとみえる。
 星々を見上げながら......「Ryu, amazing. A starry sky with so many stars is hard to find.....これほど多くの星がある星空は......Surely the natives must have felt the mystique of this starry sky?......きっと先住民も、この星空に神秘性を感じたでしょうね?」
「Certainly, one would have felt mystical power when seeing a full sky of stars..........確かに、満天の星空に神秘的なパワーを感じただろう」

 翌朝、朝食に「Cottage Restaurant」に出掛ける。レストランは家族連れで賑わっていた。ざわつく喧騒の中で、早々に朝食をすませる。
 ホーリーは古代人の謎に触れる遺跡巡りを楽しみにしており、朝食後にペコス国立公園に向かう。ペコス国立歴史公園の岩壁をバックに「Pecos Pueblo 古代人」の遺跡がある。
 閑散とした公園に、雲ひとつない紺碧の空を背景に、赤茶色の巨大な岩の構造物が立っている。赤い大地に人工的に作られた建造物というより、原始的な畏敬の念を抱かせる神秘的な空気感を漂わせる創造物のように思えた。遺跡を取り巻く赤い世界は、まるで異空間のように歪んでいた。
 赤土の大地に古代遺跡を囲む石垣が連なる入口に石碑が立っている。古代遺跡の石碑に、古代文明の歴史や背景が刻まれ.....。
「Pecos Pueblo 古代遺跡は、紀元前900年から紀元1540年に栄えた集落。Pecos Pueblo は『水上の集落』を意味する。プエブロ時代から流れる「Pecos 川」流域に栄えた同質文化と伝統を持った集落の痕跡である。1400年代にスペイン人とメキシコ人からの侵略や伝染病の蔓延により人口の75パーセントが喪失した。
 現存するPecos Pueblo Mission 教会は、南西部の文化的な歴史を残す古代遺跡。この教会は1625 年の教会の瓦礫の上に、プエブロ反乱後に1717年にスペイン人の伝道師により再建された。古代文明の風習や文化を象徴する形で保存されている。教会の正面に丸型の塔があり、灰色の外壁と茶色の屋根が特徴的だ。内部には木製の家具とイエスの聖母マリア像が飾られている。1680年のプエブロ反乱時に教会正面に伝統的な『Kiva』が建立された。地下の聖域『Kiva 』で崇高な宗教儀式が営まれていた」と明記されていた。
(スペイン人の侵略行為により、インカ帝国の黄金を掠奪し滅亡させたが、此処も侵略したのか.....)

 撮影準備に入る。広角レンズを装着し赤茶色の土壁の前に三脚をセットする。
 赤茶色のスペイン伝道教会をバックに配し「キヴァ」を対比するように「三分割構図」に配置する。無気質な赤茶色の土壁の単調さを嫌って、パースペクティブを活かした一味違った画を撮りに行く。教会建物が「樽型歪曲」に像が歪む現象を修正しながら撮影する。

 円形儀式場に四角い「キヴァ」の穴がある。
 ホーリーが丸太の梯子をゆっくりと降りて行く、流雲も後に続き地下に降りる。
 二人して地下の「Kiva 空間」に佇む。天井からスポットライトのように陽の光が差し込んでいる。二人は神々しい「円形の光」に包み込まれる。
「What a strange space. Does it feel like I feel like floating my body is being lifted?.....身体が持ち上げられる浮遊感がある?」
「Certainly, there is a fluffy feeling that you feel when you scuba?.....確かに、スキューバのようなフワフワとした感覚がある」
「Does Ryu have scuba experience?」 
「Yes, it's like being underwater.」
(何だろう?この落ち着かない不安な感じは?)

「Holly, Maybe they believed that spirits dwell in the kiva......ペコス族は、キバには精霊が宿ると信じていたのだろうね」
「I suppose so......」
「 In my mind, I can sense an unseen source of divine power in this space......僕には、このスペースに、目に見えない神聖な力を感じる」 
「How does it feel?」
「変なことを言うかもしれないが、この空間には精霊が宿っている気配を感じるだよ.....This may sound strange, but there is a sense that spirits dwell in this space.」
「Well, since they were performing rituals and ceremonies in this sacred space, I wouldn't be surprised if the kiva is inhabited by spirits......この神聖な空間で儀式やセレモニーを行っていたのだから、キバに精霊が宿っていても不思議はないと思うわ」

 精霊の存在を証明する科学的根拠はないが、古代プエブロ人が抱いてきた信念であることは間違いないだろう。流雲は昔から、神聖な場所に身を置いた時に不思議な力の圧力を感じてきた。今回も押し潰されるような不思議な感覚が押し寄せてきた。

 この地下空間に空気の流れがある。天井付近の光芒の中に漂う光の粒が、キラキラと輝きながら舞い上がっている。
「Holly,  Look up there !」
「It's so shiny and beautiful. What is that?.....キラキラと輝いて綺麗ね。あれは何の?」
「Probably Particles of Light. A mysterious phenomenon......多分、光の粒だ...... 不思議な現象だ......Mysterious electromagnetic forces seem to be lifting particles of light.......電磁力の不思議な力が光の粒子をひきあげているようだ」
「The electromagnetic force is a power that exists in an invisible, misty electromagnetic field, right? Do you see it?......電磁力は目に見えない霧のような電磁場に存在するパワーでしょ。それが見えてる?」
「Years ago, I watched an animation that described electromagnetic force. Looks the same as that animation......昔、電磁力を表現したアニメを見たことがある。そのアニメと同じに見える....... Maybe it's water vapor on the fine dust on the ground, and it's dancing up.....多分、地面の細かい埃に水蒸気がついて舞い上がったのだろうが........But maybe the electromagnetic field exists in this Kiva space ........でも、もしかしたら、Kiva 空間には電磁場が存在するのかも......」

   Kiva 内部の中心に「円形台座」がある。「円形台座」は周りより一段高く、宗教儀式や祈祷などが行われていたのだろう。
 古代プエブロ人は、太陽、月、星などの天体が生活に大きな影響を与えると信じ「円形」に神秘性を見いだしていた。天体崇拝から高度な暦のシステムを開発し、天文観測によって作付けや収穫の時期を決定し、月の周期を観察していた。ワイオミング州からアリゾナ州に点在する謎の円陣「Medicine Wheel」も同様に宗教儀式の痕跡とされている。
 
「Pecos Pueblo Mission教会」に足を踏み入れる。ドーム天井の入口を抜けると、壁や天井が縞模様に彩られた不思議な空間になっている。室内は、冷房も無いのにひんやりと涼しく快適に保たれ、中央に古代文明の神話や伝説を物語る像が飾られている。洞窟のような室内に厳かさは感じられず、暗く陰湿なだけだった。

 ビジターセンターのショップで「Build Adobe Buildings」の本を購入する。
 前書きに目を通すと、流雲の疑問に応える記述があった。
「Adobe建造物は、土や砂といった自然素材を使用し石灰で硬化させて建築する。土壁は吸湿性、蓄熱性に優れ、抗震性が高く、断熱性と快適性に優れている。素焼きの壺と同様の気化熱効果がある。現代では、日中の太陽熱を吸収蓄熱し夜間に熱を放出する Trombe wall 効果の蓄熱壁と土壁素材の除湿作用と気化熱作用により、冷暖房効果を高める工法として注目されている」と記述されている。
(だから、室内が快適だったのか。古代の Passive Solar 建築になるのか。確かに、雲龍院の聚楽壁も除湿効果があると祖父が話していた)

「Holly, I guess this region never had earthquakes......この地域は地震が発生しないんだろうね...... Adobe mud walls are built with only soil, straw, sand, and water. I doubt they are that resistant......アドべ土壁は土と藁、砂、水だけで造られている。耐力があるとは思えない」
「Ryu, there haven't been any major earthquakes in this area, but there have been some medium M 5 earthquakes.....中規模のマグニチュード5程度の地震は起きているわよ」
(凄い。400年以上、地震や風雪に耐えてきたのか.....これが抗震構造なのか)

 流雲は、木造建築の耐久性を1300年を超える法隆寺五重塔で実感している。また、自然素材の耐久性は、本郷村の雲龍院で体験してきた。しかし土と藁、砂、水の泥壁が400年を超え風雪に耐えてきた強度に驚かされる。  
 五重塔の木造建築の構造は、日本独自の「心柱構造」にある。
「心柱構造」は五重塔の中心に「心柱」を地面に埋設しその周りに屋根構造物を造る独特の構法。「心柱耐振構法」が地震国日本で1300年を超える耐久性を可能にした。

 日干し煉瓦を用いた「Adobe 壁構造」は乾燥砂漠地帯に適した構法なのだろう。「アドベ壁構造」は16世紀にスペイン人によりメキシコ、ペルーから伝来したが、中央アメリカの先住民に数百年間に渡り愛用されてきた。
 その特徴は1.8mを超える大型サイズのレンガにある。大型レンガ壁が、地域に適した室内の加熱と冷却を加減する調整機能を造り出したのだろう。
 流雲が育った雲龍院は、鎌倉時代に建築された禅宗建築。自然を重視した建築材料「土壁」に触れながら暮らしてきた。断熱性や防音性が高く、柔らかくて手触りの良い素材として聚楽土の素晴らしさを体験した。
 後年、茶室や和室の「聚楽壁」として洗練され普及する。 聚楽土の土壁は素朴で荒々しい素材感がある。流雲は、Adobe土壁に相通じる風合いを感じた。


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