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【短編小説】イルミ・クリスマス

ホテルのシングル室から見る都会の夜景は、それなりに美しかった。

前入りした今日は何も予定がない。明日の朝まで、この部屋でのんびり過ごしていればよかった。明日の為の資料は完成していたし、初めての取引先への訪問でもないから、緊張もない。どうせ、年末の挨拶を兼ねてのものだから、向こうもそれほど気を張ったものではないだろう。

一緒に来た同僚は、こっちに友人がいるとかで、隣の部屋に荷物を置くと、早々に出かけて行った。この日の夜に示し合わせて会うのだから、ただの友人ではないのかもしれないし、本当に友人なのかもしれない。そこを深く聞くほど仲がいいわけではない。

ここに来る前に、ターミナル駅で買った弁当を食べ、缶ビールを飲む。
室内に電子レンジも付いてるので、温かい弁当が食べられるのは嬉しかった。こちらの方が夜は寒く感じる。空気が澄んでいるせいか、それとも高さのおかげか、美しい夜景を肴に酒が進む。明日に残らない程度にはセーブしないと、流石に二日酔いの状態で、取引先に顔を出すことはできないだろう。

スマホを手に取り、何も通知が来てないことを確認して、テーブルの上に戻す。

・・クリスマスは、基本家族で過ごすものらしい。
自分にも家族はいる。だが、普段は離れて暮らしている。今自分がいるここからは、自宅よりも実家の方が遥かに近い。でも、クリスマスだからといって、実家に帰省しようとは思わなかった。できなくはなかった。このホテルをとらず、実家に泊めさせてもらうこともできた。

でも、ここ数年帰っていない実家に帰る気にはならなかった。数年前までは、「結婚しろ。」、「孫の顔が見たい。」とせっつかれていたが、ここ最近は諦めたのかそれもない。多分、弟が結婚し、子どもが産まれたから、そちらにかまけているのだろう。自分とは違って近くにいるし。そうか。前回帰ったのは、彼らの結婚式に出席する為だった。自分は姪の姿も見てないわけだ。

その事実に、フフッと笑い声をあげてしまった。
出張で近くに来ていることを、両親にも、弟にも告げていない。
今回も顔を見ることなく帰るだろう。今の家族の中に、自分の居場所はない。

スマホを手に取り立ち上がって、窓際に立ち、自分が下りたターミナル駅を含む、都会の夜景に視線を移す。たぶん、その光の下を歩いている人は、いっぱいいるのだろうな。少し感じた優越感を心の奥底に押し込める。数多くの人を自分は上から眺めているが、その中でこちらを見上げる人は誰一人としていないだろう。

だから、クリスマスイブの夜に一人だと、冷やかす者もいない。
もしいたとしても、「いいじゃないか。一人だって。」と開き直ってやるけれど。

眼下に広がる光の海を見ていると、クリスマスイブの夜に、夜景を見たのは何年ぶりだったかと思い返す。

当時付き合っていた恋人に、せがまれたような気もする。確かにイルミネーションは綺麗だったけど、それよりも彼女の姿を見ていたような気がする。あいつも元気でいるだろうか。結婚したはずだから、今日は家族で一緒に過ごしているのだろうか。

もっと近くで、光の海の中を揺蕩ってみようか。
隣には誰もいないけれど。


「ママ、寒いから中に入ろう。」

そう急かす家族に、「もう少し見てたいから。」と、私には珍しく駄々をこねると、夫と娘は顔を見合わせた後、仕方がないなぁという表情をして、私と一緒に屋外のベンチに腰を下ろした。

我が家近くのショッピングモールは、クリスマスイブを含む土日ということもあって、いつも以上に混んでいた。ここの1階に入っているスーパーで、クリスマスケーキを頼んでいたので、それを取りに来たのが大きな目的。今日は夕食を作る気力がなかったから、チキンやオードブルなども買い込んだ。

ショッピングモールの外観は、12月の初めから既にライトアップされていて、囲うように植えられた植栽には、イルミネーションで飾られているし、クリスマスツリーだって、ちゃんとある。クリスマスが終わったら、一気に年末年始仕様に、内装も変わるんだろう。本当に大変だろうと思う。その分、人は溢れるのだから、やりがいは出るのかもしれないが。

クリスマスツリーを含むイルミネーションを見ているのは、カップルより家族連れが多いのは、ここならではの光景かもしれない。でも、寒いせいか、私たちみたいに陣取ってゆっくり眺める人は多くない。ツリーが見える位置にあるファストフード店から、ゆっくり眺めている人々を見ると、頭がいいなと感心してしまった。

「綺麗ね。」
「確かに綺麗だけど、寒いな。」

夫と2人で呟く隣で、スマホにひたすら文字を打ち込んでる娘は、クリスマスツリーにカメラを向けて何枚か写真を撮った。きっと、友達に送るか、SNSにでもあげるのだろう。その内、クリスマスは家族で過ごさず、友達や彼氏と過ごすようになるんだろう。自分と同じように。

今の自分にとって、クリスマスはあまり特別な日ではない。
取り敢えず、クリスマスだからとケーキとプレゼントを買うが、サプライズでプレゼントを用意することも、貰うことも無くなったし、下手すれば、プレゼント自体準備しないこともある。それほど、欲しいものがない。どうしても必要なら、自分で買えるし。相手が欲しいものを考えるくらいなら、聞いた方が早い。

でも、イルミネーションを見ると、やっぱりクリスマスだなと思う。
それに夜に見る光の海は、綺麗だと思う。いつ見ても、誰と一緒に見ても、もちろん一人でも。

わざわざ、足を延ばして、イルミネーションで有名なところに出かけることも無くなったけど。時々、以前見た都会のイルミネーションの元を歩きたいと思う。その光の海に、誰かの姿を捜してしまうかもしれないと思って、今はまだ躊躇してしまうけど。

私は深く息を吐く。
白い息の中に見える家族の笑顔が、心に染みる。


2人で、光の海の中を歩く。
手を繋ぐこともないし、体と体を近づけ合うこともない。ただ、並び立って2人一緒にいる。

去年、彼女と一緒にイルミネーションを見た時は、まだ恋人同士だった。
別れたのは、今年の春。地元から遠く離れたこの地に、彼女が夢を追う為に行くと決めたことで、自分たちは別れた。

まだまだ、今の仕事も十分にやれているとは言えない自分が、更に遠距離恋愛まで抱えることはとてもできなかったし、彼女も自分の夢を優先した。
なのに、また2人でイルミネーションを見られるとは思ってもいなかった。今頃、一緒に来た同僚は、一人寂しくホテルで弁当を食べているかもしれない。

「やっぱり、綺麗だね。」
「あぁ、綺麗だ。」

彼女の方を見て、そう答えると、相手は自分の顔を見上げて、困ったような表情で笑った。

「私はイルミネーションのことを言ったんだけど。」
「・・君のことだとは、一言も言ってない。」
「確かに、そうね。」
「綺麗だよ。本当に。」

彼女の顔はイルミネーションの青白い光に照らされ、赤くなっているかは分からなかった。でも、明らかに恥ずかしそうに視線を伏せた。

「明日も仕事なんでしょう?」
「そう、年末の挨拶回り。」
「じゃあ、今日は遅くなれないね。」
「・・会えただけでもよかった。」

彼女は、イルミネーションに視線を固定したまま、僕のコートの袖を引いた。

「元気そうでよかった。」
「・・夢は近づいた?」
「う~ん。どうだろう。でも、そんなに簡単に叶うとは思ってないから。」
「僕は応援してるよ。」

彼女は、そう言った僕を見上げると、大人びた笑みを浮かべて、「ありがとう。」と呟く。

「本当は、会うのがちょっと怖かった。」
「なんで?」
「自分の選択を後悔しそうで。」
「僕は羨ましいと思うけど。自分のやりたい事をやろうとするの。」

彼女の笑みは、寂しげなものに変わる。

「クリスマス。一人で過ごすのは寂しいと思っちゃった。」
「実家に帰ればよかったのに。」
「帰ったら、ここに戻れなくなりそうで。」
「僕が連れ帰ろうか?」

彼女が足を止める。僕は彼女の顔を見つめて言った。

「君がどうしても帰りたいと思ったら、連絡してくれればいい。」
「・・。」
「別に、ただ会いたいでもいいけど、今日みたいに。近くにいないから、直ぐには無理だけど。何とかするし。」
「甘え過ぎじゃない?私。」

僕の袖に添えられていた手を取って、自分のそれで包み込む。

「僕たちは、友達だから。少しは甘えても許される。」
「優しいね。」

僕たちは、お互い見つめ合って、微笑み合った。

こんばんは。
来週日曜日はクリスマスイブです。
皆様はどのように過ごされますか?私の中ではクリスマスは特別な日ではないので、通常運転です。
長い休みを取ってしまったので、来週からちゃんと仕事できるかが不安です。次回は2023年の振り返りがnoteから届いたので、随筆になるかと思います。たぶん。

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