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【短編小説】泣きたくは、泣かせたくは、ないんだよ。

泣きたくはないんだよ。

顔を上げると、何とも言えない顔で、テーブルの向こう側で、珈琲コーヒーを飲んでいる彼の姿があった。

私は普段、リビングのテーブルの上に、ディスプレイを置いて、ノートパソコンをつなげて、自宅で仕事をしている。
今は仕事が一息ついて、趣味にしている物書きの下書きをしている最中だった。

彼の手元を覗き込むと、スマホがあった。手にしていたスマホは、仕事用で使っているものだ。だから、メールでも確認していたのだろう。だが彼の視線は、手元のスマホではなく、私に向けられていた。

「なにか、用?」
「いや・・また泣いてるなと思って。」
彼の言葉を聞きながら、私は用意していたハンカチを手に取って、それで涙をぬぐった。

「何がきっかけ?」
「今は、その情景を思って泣いてた。」
今書いているのは、主人公に好意がある少女が、どうしても彼と別れなくてはならない場面シーンだ。少女の気持ちを考えていたら、泣けてきてしまった。

彼は、私がとてつもなく涙もろいということを分かっている。
私は元々涙もろかったが、年のせいなのか、ここ最近は、創作物に触れて、涙を流すことが多くなった。小説しかり、動画しかり。noteでいろいろな創作物を見るようになって、それで泣けてくることも多い。

同居者である彼は、別の部屋で仕事をしていて、リビングには飲み物を取りに来る。私の目の前を通るが、涙を流している私を見ると、何とも言えない表情を浮かべて、そのまま去っていく。
以前は、その度に心配そうに声をかけてくれたのに、すっかり慣れてしまったらしい。今日は、時間があるのか声をかけてくれたようだ。

「いいかげん、ディスプレイを見ながら、泣き出すのはどうにかした方がいい。」
「他の人がとてもいい創作物をアップしているのよ。noteに。それを見ていても泣けてきちゃって。このところ休み時間の方が泣いて疲れてるんだよね。」

「それを本末転倒というのでは?」
彼はあきれたように呟いた。
「まぁ。そんなところも含めて、君のいいところだから、いいんじゃない?では、仕事に戻るから。」

飲んでいたコーヒーカップを持ち上げると、そのまま、彼が仕事場にしている部屋に戻ろうと、席をたつ。
私の横をすり抜ける時に、空いた手で私の頭を撫でていく。
「涙流すのもほどほどにね。」
ひらひらと手を振る彼を、私は何も言えずに見送った。

私は、彼が側にいてくれるから、安心して泣けるのだということを理解している。彼が側にいて見守っていてくれるから、私はこの感受性の強い自分を持て余すことなく、受け入れることができている。私は彼にはとても感謝をしている。

でも彼はこんな私を疎ましく思ってはいないだろうか?

私はそんな外に出せない思いを、パソコンのキーボードを打つ手に載せた。


泣かせたくはないんだよ。

僕の同居人はよく泣いている。

パソコンのディスプレイを見ながら、声もあげずに涙を流している姿を見て、ギョッとした。心配になって声をかけたら、仕事の休み時間を使って、noteという主にテキスト記事を投稿するサイトを見ていたら、感動して泣いてしまったという。

彼女は、ちょっとしたことで感動して泣いてしまうらしい。悲しくて泣いているのではないことに、少し安心した。
だが、彼女の泣き顔を見るのは慣れない。それが感動による涙であっても。できれば、泣かないで笑っていてほしい。

まだ彼女と同居する前のこと。
連日遅くまで仕事をしていたせいで、彼女と待ち合わせしていたにもかかわらず、寝坊して待ち合わせ時刻に遅れることが続いた時期があった。
その度に彼女に平謝りし、食事をおごったりして、彼女にお詫びを示していたが、ある日待ち合わせに大幅に遅刻してしまった。

彼女に一言メッセージを送っておけばよかったのに、その時の自分は軽くパニックになっていた。とにかく待っている彼女のところに行こうとだけ思ってしまい、連絡は二の次にしてしまった。
待ち合わせ場所に到着した僕を、彼女は涙をボロボロとこぼしながら、見つめた。てっきり責める言葉を投げかけられると思っていたのに、彼女の口から出たのは、僕の体調を心配する言葉だった。

睡眠時間が足りず、顔色の悪い自分を見て、「無理して会わなくてもよかった。もっと、ゆっくり休むのに時間を使ってほしい。」と言われたのだ。
その言葉を聞いて、自分は彼女を手放してはダメだと思った。そして、そのように心配をかけないよう、彼女の側にいなくてはならないと。涙もろい彼女の側にいて、少しでも悲しい寂しい涙を流さないよう見守っていてあげたいと思う。

そう思って同居を始めたのに、彼女の泣く機会はあまり減っていない。逆に一緒に過ごす時間が増えたためか、彼女の泣き顔を見ることが増えているように感じる。
その度に僕は自分の不甲斐なさを感じてしまう。彼女に聞く限り、悲しさや寂しさからの涙ではないようだけど、それでも泣いている彼女を見ると、自分の心が騒めく。

だからといって、彼女と離れる気は更々ないのだけど。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。