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【短編】貴方は選ばれました。♯一つの願いを叶える者

よく眠れない。
頻繁に夢を見る。たまに悪夢。そして、夜に目が覚めてしまう。
更年期障害の症状の一つ。女はよく聞くけれど、男にも更年期障害は発生する。ホルモンの減少に体が付いていけずに出る。
病院にかかって、薬は飲んでいるものの、そう簡単に治るものでもない。

だから、最初それを見た時、俺は夢を見ているんだと思った。
夜中に目が覚めてしまって、喉の渇きも覚えたので、キッチンの流しで白湯さゆを飲んでいた時の事。暗い部屋の中央に、白いもやのようなものが見えた。
それは徐々に大きくなり、最終的には人の姿になった。

「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」
俺の目の前で、人の形をした白い靄が、腕を広げて言った。
「願い?」
夢にしては随分鮮明だなと思いつつ、俺はぽつりとつぶやいた。

「はい。何でも叶えます。」
何となく相手は得意げに言ってのけた。声の感じから悪いものではなさそうだったが、表情はまったくもって分からない。
「あのさ。」
「何でしょう?」
「そのあんたの姿って変えられるの?なんか話しづらいんだよね。」
「できはしますけど。」

相手が手らしきものを身体の前で振る前に、俺は慌てて口を開いた。
「待った。姿を変えるとそれが願いとかになるの?なら、そのままでいい。」
「・・まぁ、いいですよ。サービスしておきます。」
相手は渋々といったように、体の前で手を振った。
すると、白い靄だった姿が、次第に鮮明になっていった。俺の目の前には、一人の女性が立っていた。

「・・実絵子みえこ。」
「貴方には実絵子さんに見えるのですね。」
彼女はそう言って微笑んだ。
そう、彼女は俺と別れた元妻の実絵子だった。しかも、別れた時と変わらない姿でそこに立っている。
「では、もう一度言います。貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」

「あんたは一体何なんだ?」
「私は貴方の願いを叶える役割を与えられた者で、貴方の願いを叶えたら消えます。」
「選ばれたって何に?」
「だから、願いを一つ叶えてもらう者に、です。聞かれたってそれ以上のことは知りません。」

俺は自分の腕をつねってみる。痛みはあるが、現実というには荒唐無稽こうとうむけいな話だ。
まぁ、夢でも現実でもどちらでもいい。願いを叶えてくれるというなら、叶えてもらおうじゃないか。

相手が自分の元妻、実絵子の姿をとったことで、俺の願いが大きく心の中に浮き上がってくる。

俺は実絵子と別れたくなかった。別れたのは俺の暴力が原因だ。でも、俺は彼女のことが好きで好きでたまらなかった。暴力を振るってはいけないと分かっているのに、衝動は抑えきれず、俺は彼女を家に閉じ込め、彼女に手をかけた。

彼女に身内がいないことで、この事はなかなか表に出なかったが、結局のところ、彼女は民間シェルターなるところに避難し、俺は強制的に彼女と別れさせられた。今、実絵子がどこにいるのか、何をしているのかは知らない。

「願いは決まりましたか?」
「何でもいいんだな?」
「ええ、何でも。」

「俺は実絵子と一緒になりたい。」
「ええと、実絵子さんというのは?」
「俺と離婚した元妻だ。」

彼女は俺の言葉に考え込んだ。
「そんな内容でいいんですか?お金や地位や名誉とか、そういうものを普通選びません?」
実絵子の姿で、そういうことを口に出されると、何となくかんさわる。

「いいんだ。俺は実絵子がいればそれでいい。」
「はぁ、そうですか。」
彼女はあまり興味がないといったように呟いた。

彼女はしばらく考え込むようなしぐさをして、ぶつぶつと何事かを呟いていたが、俺の方を向くと、腕を大きく広げた。そして、彼女は俺の顔を真っすぐ見て言った。
明人あきひと。」
彼女が呼んだのは、俺の名前だった。

そして、俺の側に歩み寄ると、俺の首筋に腕を回し、ぎゅっと抱き着いた。俺は彼女の背中に腕を回す。彼女の体の柔らかさも、その温かさも、確かに腕の中に感じられた。

「実絵子。すまなかった。」
「これからはずっと一緒よ。」
その後、彼女は小さな声で何か呟いたようだったが、俺には聞き取れなかった。聞き返そうと顔を上げたが、急速に眠くなり、まぶたが重くなった。彼女は力が抜けていく俺の体を支えたまま、その場に座り込んだ。そして、俺の体を床に横たえ、顔を上から覗き込んできた。

何が起きたのかよく分からないまま、俺は彼女に尋ねようと口を開いたが、声が出なかった。
彼女は俺の顔をじっと眺めた後、口を開いた。
「実絵子さんはもうこの世にはいません。」

彼女の言葉に愕然がくぜんとした俺の様子を見つめながら、彼女は言葉を続けた。
「彼女と一緒になるには、貴方が死ぬしかありません。・・彼女を生き返らせればと言いたげですね。それでは、願いが2つになってしまいます。ただ、死んだ後、貴方が彼女と会え、一緒になれるのかは、私には分かりません。私は死んだことがないもので。」

もう、まぶたが開けていられない。実絵子と同じ声だけが、俺の耳に心地よく響く。

貴方の願いは叶えました。という言葉を最後に、何も聞こえなくなった。

以前書いた「願いを一つ叶えましょう。」の別バージョン。こちらはダーク寄り。個人的には「願いを一つ叶えましょう。」の方が好き。

願いを叶えてくれるものが出てくる「願いを一つ叶えましょう。」を読んでいない方は、以下からお読みください。

あと7日。

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