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【短編】夏休み最後の思い出を/有森・古内シリーズその13

手元で色とりどりの光がおどる。その光に照らされて、彼女の笑顔が暗闇に浮かび上がる。僕は手元の花火よりも、彼女の顔に視線を奪われてしまう。できれば、ずっとこのまま時間が止まってしまえばいいのに。そうすれば、僕と彼女は、離れることなくずっと側にいられるのに。そんな叶うことのないことを願ってしまう。


もうすぐ、夏休みも終わる。

結局、塾の夏期講習に追われてしまった僕と彼女は、中学最後の夏休みだというのに、それほど思い出を作れずにいた。これなら、学校にいた方が、お互いの姿を見る時間が長かったと思うほど。早く夏休みが終わってくれないかと願うほどに、僕たちは会うことができていなかった。

だから、夏休み最後の思い出作りとして、2人で花火をすることにした。花火大会に行くわけではなく、市販の花火を買って、僕の家の前で、手持ち花火をする。地元の花火大会も8月始めに行われていたが、お互いの予定が合わず、行けなくて残念に思っていたから、ちょうどよかった。僕の家の前で行うことにしたのは、僕の家の方が、庭が広く、花火をするスペースがあったためだ。

夜、娘が外出することに、彼女の父親はいい顔をしなかったと聞いたが、花火をする近くに僕の家族がいること、帰りは必ず自宅に送り届けることを理由に、何とか許可を貰えた。今回は、僕の兄もその彼女の百合さんも、一緒ではない。というか、2人で旅行に出かけてしまった。相変わらず、仲がいいようで何よりだ。

水入りのバケツを用意して、ろうそくに火をつける。ろうそくを傾けて、地面のコンクリートにろうを垂らし、ろうそくを固定する。辺りがぼんやりと照らされて明るくなり、隣にいる彼女の姿も浮かび上がった。

「花火なんて久しぶり。」
ワクワクするねぇ。と、莉乃りのは顔を綻ばせた。白地に菖蒲柄の浴衣を着ている。髪は短くてまとめられずにそのままだが、大きな花を模した髪飾りが付いていた。普段とは違う彼女の姿に心が揺れた。

「どうかした?」
不思議そうに問われて、彼女から視線をそらす。不自然なくらいに、彼女を見つめてしまった。久しぶりに会ったからか?それとも、彼女の浴衣姿に見とれているのか。

「浴衣、よく似合ってる。」
「お母さんに着付けてもらったの。理仁りひと君もよく似合ってる。」
そう言って、照れたように彼女が笑う。僕は兄のお下がりの浴衣を着ていた。若干大きいが、この夏は多分今日しか着ないので、問題はない。

「どれからやる?」
先ほどの不自然さを拭うように、袋に入った花火を物色していると、彼女がどれどれというように、僕の方に体を寄せてきた。
「線香花火は最後だよね。それ以外がいいな。それにしても、量多くない?全部やり切れるのかな。」
「やり切れなければ、来年やればいい。」

彼女が近づくと、彼女の匂いがする。変に気がはやって、考えがまとまらなくなる。だから、口が滑った。僕の言葉を聞いて、彼女の笑みが寂しそうに形を変える。
来年、高校一年生になった僕たちが、今と同じように一緒にいるかは分からないのに。

「じゃあ、これから始めようかな。」
「じゃあ、僕はこれ。」

手に取った花火の先を、ろうそくにかざす。花火に火が移り、花火から色とりどりの光が放たれる。その光は美しかったけれど、ほんの少しの時間が経つと消えてしまう。彼女の姿が暗闇に染まるのを恐れるように、僕は途切れることなく花火に火を灯し続けた。

「もうすぐ、夏休みも終わっちゃうね。」
「そうだね。」
「あまり、思い出作れなかったね。」
「受験生だから仕方ないかも。」
「2学期は、体育祭とか文化祭とか、修学旅行とか、いろいろイベントがあるから、楽しいかもね。それで思い出も作れるかもしれないし。」
「同じ班とかになれればいいけど。」

彼女はそれを聞いて、少し考えるように動きを止めた後、新しい花火に火をつけた。
「同じ班になったら、緊張して、逆に楽しめなくなるかも。」
「まだ、緊張してるの?もう、付き合い始めて5ヶ月くらい経つのに。」
「それは・・好きだから、しょうがないよ。」
「・・。」
「理仁君と一緒にいるのはとても楽しいけど、まだ緊張しちゃうんだよね。たぶん、私が理仁君のこと、好きだからなんだと思う。」

「僕も、莉乃のことが好きだよ。だから、緊張なんてしなくていいのに。」
「・・もう少し近くにいってもいい?」
僕が頷くと、彼女は俺の隣にぴったりと寄り添うように、位置を移動した。
「綺麗だね。花火って。」
「そうだね。」
「でも、輝き続けられないのは、今の私達の関係みたいだね。」

「どういう意味?」
「いつかは終わってしまう。ということ。」
「後悔してるの?」
「してない。私は結局、理仁君の事を好きになったと思うから。」
「・・。」
「でも、付き合うと欲が出て、ずっと一緒にいたいと思っちゃう。離れたくないと思っちゃう。」

彼女は僕の顔にひたっとその視線を合わせた。
「ごめんね。困らせて。」
「謝ることなんてない。当然のことだから。」
「私のために進路を変えようとは思わないでね。」
「・・それはできない。」
「うん。変えようとしたら、別れるよ。」

きっと、口を開けて唖然あぜんとしていただろう僕の顔を見て、彼女は面白そうに笑った。
「私は、ちゃんと自分のやりたいことに向かっている理仁君を、好きになったんだから。」
彼女は隣にいた僕の腕に手を添えた。その瞬間に僕が持っていた花火が消えて、辺りが暗くなる。彼女が手に持っていた花火も消えてしまっていたらしい。

視覚が役に立たなくなると、彼女と触れている箇所から、その感触や熱をより感じられるようになって、動悸どうきが激しくなった。隣にいる彼女の存在が、見えないのにくっきりと浮かび上がってくる。彼女は口を閉じたまま、僕に触れている手に少し力を込め、体を僕の方に向けた。

なぜか、身動きができなかった。自分の顔の近くで、彼女の息遣いが聞こえる。僕が彼女の肩に手を置くと、彼女の顔が自分に向かって近づいてくるのが分かった。暗闇に慣れた目に、まぶたを閉じた彼女の顔が映った。

この見出し画像は、Canvaから引用したものですが、複数の花火に火をつけるのは危ない。気にするのはそこじゃないって?
学生さんはそろそろ夏休みも終わりですね。大学生はまだまだあるかな?もちろん勉学は大事ですが、たくさん思い出作ってください。

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