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【短編小説】僕のマフラーには尻尾がある。

いい天気だよなぁ。

冬の3連休に、僕はお気に入りのかばんを持って、本屋に向かって歩いていた。
3連休だというのに、どこかに行く予定もない。
そういう時、僕は大抵本屋に行く。
本は読むのも好きだけど、眺めるのも大好きだ。
また、そんな本がたくさんある本屋も。図書館も。

本屋や図書館は、他の人と連れだっていくところではないだろう?
だから、僕は一人で行く。
休みの日に一緒に過ごす人がいないのは確かだけど。

だが、今日は違った。
本屋に行ったら、友人の高瀬たかせが、パソコン専門誌が並んでいる棚の前で、何かを探しているように、本を棚から取り出しては、また元に戻すことを繰り返していた。

「高瀬さん。」
「・・猪俣いのまたさん。こんにちは。」

僕の姿を認めると、彼女はこちらに向かって頭を下げた。

「こんなところで会うなんて、奇遇きぐうですね。」
「僕は結構な確率で、休みの日はここに来ているけど。」
「いいですね。ここ。品揃えが素晴らしいです。」
「その割には、探しているものがないといった様子だったけど。」

そう言うと、彼女は軽く首をかしげた。

「いえ、そんなことはありません。」
「そう?本を出しては、戻してを繰り返してたけど。」

僕の言葉を聞いて、彼女はに落ちたというように頷いた。

「確かに捜し物はしてました。でも、探していたのは本ではないんです。」
「本ではない?本屋なのに?」
「ええ、ここに来るまでは一緒だったのですが、たくさんの本を前にして、興奮したのか、逃げられてしまって。」
「逃げられた?」

彼女の言っている意味がよく分からない。今度は僕が首を傾げる番になってしまった。

「はい。だから、きっと何かに隠れてしまっているんだろうと思って、本を見てました。」
「本を見れば、それが分かるの?」
「まだ、未熟なので、見れば確実に分かります。」
「・・・手伝おうか、僕も。」

そもそも、ここには本がたくさんある。全部確認しようとしたら、それこそ、何時間ここにいればいいか分からない。

僕の申し出に彼女は考え込む仕草を見せた。
「その申し出は大変ありがたいのですが、せっかくのお休みをそんなことに使わせるのは・・。」
「じゃあ、見つかったら、残りの休みは一緒に過ごそうよ。」
「・・それはいい考えですね。猪俣さんは、今公開されている映画見ましたか?前に、原作について話しましたよね?」
「見てない。原作はとてもよかったけど。」
「じゃあ、一緒に見に行きませんか?映画も原作に割と忠実で、評判いいらしいので。」

彼女と映画を一緒に見に行くのは初めてだ。大体彼女と遊ぶ時には、お互いが読んだ本について、感想を述べ合ったり、喫茶店に行って黙々と本を読んだりすることが多い。
僕たちは、本友達なのだ。

「じゃあ、捜し物を見つけてしまいましょう。早くしないと、今日の映画が終わってしまうかもしれないので。」
「その探し物の特徴は?」
彼女は僕の問いに、近くの棚から本を取り出して、それの上面を見せた。天と言われる部分だ。

「この部分から一見しおりのようなものが生えています。」
「え?」
「栞にしては、ふさふさしていて太いと思います。」
「それって、まるで尻尾みたい。」

彼女は僕のつぶやきに答えず、近くの棚の本を引っ張り出した。

本から尻尾が生えているなら、棚に本が入りきらずに若干浮いているだろう。実際彼女もそういった本を選んで、棚から出して確認しているようだった。
「う~ん。なかなか見つかりませんね。」
「それは今日見つけないとだめなんだよね?」
「私は明日から仕事なので、今日見つからないと、今度来るのが一週間後になってしまいます。たぶん一週間はもたないでしょう。」

「一旦、探すの中断して、目当ての本を買ってきてもいいかな。」
「もちろん。私が猪俣さんをこんなことに引きずり込んでいるのですから、まず目的を果たしてください。」
彼女はそう言って、僕の方を見て軽く頷いた。
僕は彼女に手を振ると、文芸書のコーナーに向かう。今日は、自分の好きな作家の新刊が発売されているはず。僕は、ほくほく顔で、その本を手に取った。

「?」
その本には、尻尾のような大きな栞が付いていた。
新刊の特典だろうか?でも、他の平積みにされている本には、そのようなもの付いてないのだが。
「もしかして・・これが高瀬さんの探していたものかな?」
「・・そなたは裕一郎ゆういちろうではないか?」
可愛らしい声がした。僕は辺りを見回したが、自分の方を見つめている人はいない。というか、自分の近くに立っている人がいない。そして、僕の名は確かに裕一郎だった。

空耳かと思って首を傾げると、「ここじゃ。」と手に持った本から声がした。
「えっと。」
「我は右近うこんと申す。そなたは知らぬかもしれぬが、私はそなたのことを知っておる。」
「右近さん。高瀬さんが貴方を探してますよ。」
さちは堅苦しい奴なのだ。これだけ本がたくさんあれば、我が興奮するのは分かっておろうに。」

幸は高瀬さんの名前だ。二人は親しい関係にあるのだろう。
「どちらにしても、ここで話していると、僕は怪しい人でしかないので、高瀬さんのところに戻っていただけませんか?」
「だが、ここにはこんなに本があるのに。」
声が悲しげなものになる。どうやら右近さんも、本が好きらしい。
「こちらの本は買いますから、後で右近さんにも貸します。」
「本当か?」
「はい。多分高瀬さんも好きだと思いますし。」

僕がそう答えると、手に持っていた本がふっとかき消えた。
そして、僕の首元から右近さんの声が聞こえてくる。
「見上げた奴だ。裕一郎。」
僕は身につけていなかったはずのマフラーを撫でた。マフラーには、尻尾のようなフリンジが着いている。

あ、こんなところを見られたら、高瀬さんに怒られそうだ。
僕は、平積みにされた新刊から、新たな一冊を取り上げると、レジに足を向けた。

戻ってきた僕たちを見た高瀬さんが、顔を真っ赤にして右近さんをいさめ、でも、右近さんはそれを聞き流し、僕が高瀬さんをなだめるというカオスにおちいったのは、その後の話。

私が買ったエコバッグには、カラビナが付いていて、かつ小さく折りたためるようになっていて、それが尻尾みたいだなと思って書いてみた作品。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。