【短編】ホワイトデー
俺の勤務先では、バレンタインデーとホワイトデーのやり取りが、自然と行われていた。一度は消滅したのだが、結局イベント毎が好きな女性社員が、バレンタインデーに男性社員にチョコレートを渡すのを再開してしまったため、それに伴うホワイトデーのお返しも再燃してしまった。
そんな中、男性社員の中に、とてもセンスのいいお返しを探してくる人がいた。結果、毎年のホワイトデーのお返しを準備するのは、彼になった。
「一体、どうやって見つけてくるんだ?」
「ネットとかでいろいろ。」
コンビニで買ってきた昼飯を食べている俺の横で、自分で作った弁当を食べながら、彼はそう答えた。
彼が用意するお返しは、女性社員にも評判がいい。結構、珍しく可愛らしいお菓子が多い。どこで、これらの情報を仕入れてくるのかが分からない。俺は、自分のお返しを彼女にするのに、アドバイスを貰ったりする。
「お返し探すの、手間じゃないか?」
「プレゼントをあげるのと一緒ですよ。相手が喜ぶかどうかを考えて、選ぶのは楽しいです。しかも、自分の金だけじゃないし。」
そう、今回のお返しは、彼が選んだものに対して、男性社員皆でお金を出し合う。上司は結構多めに出してくれ、しかも渡す女子社員は少ないのだから、俺たちはそんなに多く出さなくていい。
だが、今まで女子社員から不満のようなものは上がったことがないから、きっとお返しはそれなりの物を考えて用意しているはずだ。
今は、簡単にネットで金額を調べようと思えば、調べられる時代でもある。
「石井の彼女は、喜ぶだろうな。」
「・・彼女なんていません。」
「じゃあ、好きな人は?」
「告る前に、振られました。」
淡々と告げられて、俺は彼の方をじっと見た。
「なにそれ?どういうこと?」
「先に彼女の結婚が決まってしまいました。自分の気持ちに気づいたのは、それを知った時だった。」
「随分素直に話すな。言ってもいいの?俺なんかに。」
「もう、彼女に会うこともないと思うので、大丈夫です。」
「吹っ切れたってこと?」
「・・本当はこの職場を辞めたいんですけど。そんな理由で辞めるのもどうかと思って。」
「え?」
「では、お先に失礼します。15時にお返し配るの手伝ってください。」
「あぁ。分かった。」
彼は手早く空になった自分の弁当を片付けると、それを持って立ち去っていく。
俺は、自分の昼飯を食べながら、石井が言った先ほどの言葉を頭の中で思い返す。
同じ職場にいて、一緒に働いている内に、相手の結婚が決まって、今はその相手に会うことはない。
自分も同じ職場だ。それに該当しそうな女子社員は一人しかいなかった。
俺たちより年齢は若かったが、数年前にこの会社に転職してきて、チームリーダーも務めていた。だが、結婚して、家庭の事情でと去年退職していった。
確か一時期、彼女と石井は、同じチームで、彼女が上司だったこともあったはず。住んでいる場所も同じ沿線上だったから、飲み会の帰りとか、帰り途中まで送るようなこともあった気がする。でも、付き合うほど仲は良かっただろうか?さっき、石井も告白はしていないと言っていたから、片思いか。
彼女が結婚してから退職するまでにも、数年たっている。その間、ずっと石井は彼女のことを思っているのだろうか?この職場を辞めたいと考えるほどには。
石井は結構クールで、自分のことはあまり口にしない。常に、自分の周りに一定の壁を作っているようなところがある。飲み会があれば出席はし、それなりに楽しんでいるようだが、外から観察しているような目をしていることがある。
今度2人で飲みに行ってみようかな。
俺は自分で思うくらい単純だが、彼が口に出さずとも、助けを求めているような雰囲気は察した。
俺はそう決意して、彼が立ち去った方向を見つめた。
終
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