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【短編】この世界に期待はしていない。

死にたかったかと問われたら、嘘っぽいなと思いつつ、違うと答える。
死にたくないのかと問われたら、口の端が上がるのを感じながら、どうだろうと答える。


「本当は、ちょっと残念だと思っているんだよね。」
「何が?」
「死ねなかったこと。」

目の前で彼女が、のほほんと口にする内容が、大変物騒ぶっそうだった。相手は、私の顔を見て、慌てたように言葉を続ける。

「そんな顔しないでよ。」
「こっちは、集中治療室に入ったって聞いて心配してたのに。」
「う~ん。でも、もう十分生きたなって思ったりするんだよね。」

彼女はそう言って、あやふやな笑みを浮かべた。

彼女は、私の学生時代の同級生だ。付かず離れずの関係が続いていて、今ではメールでたまにやり取りをしている。今回、彼女が病気になり、それに伴って手術を受けると聞いた。一か月前に、彼女は9日間入院し、その間に手術も受けた。

手術の時に、大量に出血をし、一時集中治療室に入ったと、先ほど彼女に聞かされたのだ。集中治療室といえば、生命に危機があり、集中治療が必要な患者が入室する救急度の高い病棟である。それを聞いた時、私は血の気が引く思いがした。命の危険はないと聞いていたのに、やはり手術は手術なんだと思う。

彼女は学生のころから、真面目で優等生だったが、どことなく何を考えているか分からないところがあった。自分の気持ちを話すことは少なくて、いつも微笑んでいた。私が彼女とこれだけ長い期間付き合いを続けて来られている理由は、今でもよく分かっていない。

「もう、この歳になると、大きな変化も特にないし。いちおう結婚も出産も子育ても経験したし。」
「身の回りの人が悲しむでしょう?」
「確かに悲しませるかもしれないけど、一時的なものだと思う。それこそ、時が解決してくれる。」

彼女はアイスコーヒーを飲んで、軽くため息をついた。

「別に現状に不満があるわけではないよ。たぶん幸せな生活を送ってる。自ら命を絶つつもりもない。だけど、今回麻酔で眠っている間に、死んでしまったとしても、それはそれでよかったんじゃないかと思って。」
「死にたいってこと?」
「ちょっと、違うかな。あえて死を選ぶつもりはないけど、死んでも良かったかもという感じ。」

・・・よく分からないな。

彼女の顔を見つめると、彼女は私の視線をその澄んだ瞳で受けとめた。

「まぁ、こんなこと言っても困るよね。」
「そうね。」
「そっけない相槌あいづちだね。」
怒っちゃった?と、彼女はフフッと笑う。その笑顔は屈託くったくのないもので、言っていることに全くそぐわなかった。

「友達の中でも、手術のこと知っているの、ミヤビちゃんだけなんだよね。あとは家族か、仕事上休む関係で職場の人の一部。元々私に関わる人はそんなにいないんだ。だから、私がいなくなったところで、何の影響もないでしょ?」
「そんな悲しいこと言わないでよ。」
「事実だから。」

「あぁ、何で私、死ねなかったんだろう。」
「・・・私はトウカが生きていてくれてよかったと思ってる。」
「そう言わざるを得ないよね。」
「トウカっ。」

私が声を荒げると、彼女は薄い笑みを浮かべた。そして、バッグの中から、封筒に入った手紙らしきものを取り出すと、目の前でビリビリと破りだした。

「何それ?」
「・・もう必要なくなったから。ねぇ、ミヤビちゃん。」

彼女は、破り終えた紙切れの山の上に、掌を載せると、私に向かって口を開いた。

「私はもう、この世界に期待はしていないから。」


私と関わってきたすべての方々へ

皆様がこれを読む時には、私に何かがあった時のことでしょう。
私は今、入院を前にして、この手紙を書いています。きっと、手術は成功し、また変わらない日常を送ることになるでしょう。それでも、私はぼんやりと願わずにはいられませんでした。

手術が失敗し、眠ったまま死ねないものだろうかと。

今の生活に不平不満はありません。家族や私に関わってくださった皆様にはとても感謝をしています。皆様を悲しませるのは心苦しいのですが、私はこのまま生きていても、何にもならないだろうと思うことがあります。

自死を選ぶつもりは全くもってありませんが、もしその機会があるなら、この人生に終止符を打ってもいいのはないかと考えるのです。
まだ、そんなことを考えるのには、若い。と言われるかもしれませんが、私は十分生きたと思います。

だから、どうか、泣かないで。

これは、私が薄々願っていたことが叶った結果なのですから。

冬華トウカ


この短編はもちろんフィクションです。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。