見出し画像

【短編小説】100通のラブレター

「それで、お前はその相手の提案を受けたのか?」
「明確に受けるとは言ってないが、受けるつもりだ。」

周りが本棚に囲まれたブックカフェで、2人の男が、向かい合って座っている。ブックカフェだと、自然と会話の音量を下げてしまうのはなぜだろう。割と話している人は多いのだが、周りの本が吸収してくれるのか、この環境の為か、周りの会話はあまり気にならない。

2人が外で会って話をする時は、ブックカフェを選ぶことが多い。なぜなら、その内の1人が読書好きで、もう1人はあるネットのプラットホームで、物書きをしている人間ということもあり、共に、本に縁があると思っているからだ。

相手の答えを聞いた男が、顔をしかめる。
「まるで、かぐや姫じゃないか。無理難題をふっかけて、求婚を諦めさせるみたいな。」
「求婚などしてない。ただ、会って話がしたいと持ちかけただけだ。」
「だからって、相手はやはり嗣巳つぐみに、会うことを諦めてほしいと思って、そんなことを提案したんじゃないか?」
「・・それもあるかもしれないが、別に実現できない提案じゃないから。かぐや姫みたいなことにはならない。」
「そうだけど・・・結構大変だと思うよ。」

嗣巳と呼ばれた男は、テーブルにあったコーヒーを、口に含む。その様子を見ながら、もう一方の男は、今度は苦笑した様子で、その提案内容を口にした。

「自分のために、小説を100本書いて、ささげてくれ、なんて。」

事の次第は、先週のこと。

嗣巳は、先ほど言ったように、特定のネットのプラットホームで、小説を書いて投稿している。ほとんどは短編小説とも言えない掌編小説。2000字から4000字くらいの短い小説だ。そのプラットホームで、彼は気に入った文章を書く人を見つけた。フォローして、相手の創作物をすべて読みつくした挙句あげく(もちろんそれに対する感想も忘れずにコメントした。)、合わせてDMを送り付けた。

内容としては、とても平たく言うと、
『貴方の文章をとてもいいと思いました。少なくとも、私は大好きで、私はそれを生み出す貴方のことも好きです。
是非会って、文章や小説について、いろいろお話しませんか。』
となる。

彼としては、単に物書きの友人、仲間を増やしたかっただけらしい。
相手は、それに対し、『自分のために、小説を100本投稿したら、考えます』と答えたそうだ。

「今は、休日にしか小説を書くことができないから、週に2本、月だと平均8本、100本書くには・・。」
「12ヶ月強、ほぼ一年だな。」
「一年かぁ。」
「一読者の僕としては、書いてくれる小説が増えるのは嬉しいことだけど。」
「結構、労力使うんだよなぁ。」
「あれ?今日の分は?」

男が尋ねると、嗣巳は軽く息を吐いて答えた。
「既に書いてあげてきた。」
「どれどれ。」
男はスマホを取り出し、例のプラットホームサイトを開く。嗣巳が投稿した小説をその場で読み始めた。嗣巳は、黙ってその様子を見守っている。それなりの時間がかかった後、男は顔を上げて、嗣巳に視線を向けた。

「まるで、ラブレターだな。」
「・・・俺が書いているのは、全て読んでくれる人へのラブレターだ。」
傍で聞いていると恥ずかしくなるような言葉を、嗣巳はさらりと口にする。
「てことは、100本の小説は、100通のラブレターだ。」
「そうだよ。」
間髪入れずに自分の言葉を肯定したのに、男は少し目を見開いた。

「お前は、相手がどんな人か分からないのに、何でそんなに会いたいと思うんだ?」
「文章を読んでいれば、何となくその人のことは分かる。几帳面なのか、ズボラなのか、真面目なのか、誠実なのか、疲れているのか。エッセイとかを書いている人は、自分のことを赤裸々に書いていることもあるし。」
「今回会いたい相手のことはどうなの?」
「だから、さっき言っただろう?好きだって。」

すっぱりと言い切る嗣巳に、男の方がたじろいだ様子を見せる。
「そんなに簡単に人を好きになれるもの?もしかしたら、相手は男かもしれないし。」
「そしたら、いい友人になれるだろうし、別に性別は関係ない。」
「そうか?物凄く年が離れていたりしても?」
「だから、俺は内面に惚れたんだって。別に恋人がほしいから、声をかけたんじゃない。」

嗣巳は、コーヒーを飲み干すと、お代わりを貰ってくると、立ち上がった。
「お前の分ももらってきてやるよ。裕一郎。」
「それは・・・ありがとう。」
嗣巳の後ろ姿を見送りながら、裕一郎は、今日も例の本屋に寄ろうかとぼんやりと考えた。
「羨ましいなぁ。」
ポツリと呟いた言葉は、もちろん嗣巳の耳には入らなかった。


私は、ネットに小説を投稿している人間だ。主に恋愛小説を投稿している。
読んではいただけているようでありがたい。流石に毎日とはいかないまでも、コンスタントに投稿はできていると思う。個人で続けているので、いつまで続けられるかは分からないのだが、読んでくれている人がいる間は、続けたいと思っている。

そう思い、私は今日もパソコンの前に座る。スマホが音を立てた。SNSのメッセージが入っている。確認してみると、彼からだった。

『今日の分、読んだよ。』
いつもと同じ書き出しに始まって、今日投稿した小説に関する感想が書き連ねられている。彼は私が投稿した小説を後から読み、必ず感想や意見を知らせてくる。律儀な人間なのだ。

『いつも、ありがとう。』
そうお礼を返すと、相手から確認のメッセージが返ってきた。
『夜はいつも通りでいい?何か予定とか入ってたら、遠慮なく言って。』
私はそのメッセージを見て、軽くため息をつく。私に予定が入らないことは、分かっているはずなのに。

『大丈夫。また話聞かせて。』
私はいつもと同じ返答を返した。

「はぁ、今日もお腹いっぱい。」
「それで、話の続きを聞かせてほしいんだけど。」
テーブルの向かいで、軽くお腹を撫でている彼を見ながら、私は食べ終わった食器類をキッチンの流しに運んでいる。
「えっと、どこまで話したんだっけ?」
「仕事上の上司の彼女を寝取ったところ。」
「・・結局、彼女、相手からめちゃくちゃ怒られて、別れたんだよな。」

彼はテーブルの上にある、缶の発泡酒を煽った。
「よく仕事続けられたわね?」
「彼女にちゃんと口止めしといたから。仕事には影響なし。」
「で、その彼女とはどうなったの?」
「別れたよ。」
「いつ聞いても、真人まさとの恋愛って最低。」

私の言葉を聞いて、彼は楽しそうに声をあげて笑った。
「ひどいな。こっちは強請られるから、話しているだけなのに。」
「・・必要に迫られて聞いているし、いつも感想や意見をくれるのも感謝しているけど。聞けば聞くほど、真人だけは彼氏にしたくないって思うわ。」
「それは、褒められてるのか?」
「どう考えてもけなしてるでしょう。」

「でも、僕の話を聞かないと、小説書けないでしょう?」
洗い物を終えて、彼の向かい側に座り直した私に向かって、缶チューハイを手渡しながら、彼が言う。
「・・それはそうだけど。」
「いい加減。恋愛すれば?そうすれば僕の話聞かなくて済むし。」
「・・。」
「というか、付き合ったことないのに、よく書けるよね。恋愛小説。」

私は、缶チューハイをあおる。真人はそんな私の姿を面白そうに見ている。
「一人だと寂しいんじゃない?」
「そんなことない。」
「本当に?僕なら耐えられないけど。そうだ。紹介してあげるよ、友達。」
「真人の友達というだけで、不安になる。」
「ひどい言われようだな。」
彼は声をあげて笑った。

産まれてから今になるまで、私もそれなりに異性を好きになってきた。
ただ、好きな異性に告白したことは一回もない。
好きでいるだけで私には十分だったのだ。その先の深い関係は、私にはハードルが高すぎた。もし告白が成功してしまったとしたら、私は相手と恋人同士になり、恋愛をするのだろうが、どのように行動すればいいか分からない。

ただ、頭の中で考えることは自由だ。
相手だって、自分の分かりやすいように行動させることができるし、相手の考えだって、自分で決めることができる。
私はその夢想を、ネット小説という形で、公開した。それだけだ。
ただ、経験がないので、そのままだと現実味を帯びない。だから、1歳下の弟、真人まさとに助けを求めた。

真人は、特別容姿がいいわけでも、頭がいいわけでも、運動神経がいいわけでも、特技があるわけでもないのに、異様に異性にモテた。小学生の高学年くらいから、彼女がいたし、私は数えきれないほどの真人の彼女に会っている。ただ、一つ一つの交際は長続きしない。多分、半年続いたら長い方なのではないだろうか?

一方、私は告白されたことはないわけではなかったが、全てお断りしている。理由は簡単で、私に交際は無理だと思っているから。現実には交際相手が何を考えているのか、どのように行動するのか、もちろん自分で決めることはできない。未知の存在と深い関係など築けるはずがないと思っている。なぜ、真人は、あれほど簡単に異性と交際してしまうのか、今でも不思議でならない。

そう、本人に伝えると、彼はしょうがないなぁと言いたげな顔をして、「真凛まりんは考えすぎなんだよ。」と言う。取り合えず、付き合ってからお互い知っていけばいいと言う。真人の恋愛の仕方は、私にはとても理解できないものだけれど、それでも彼自身は信頼している。

「それに、この間、会って話したいってDMくれた人がいた。」
「本当に?いいじゃん。会いなよ。」
「でも、やっぱり自信なくて、100本私のために小説を投稿したら、考えますって答えた。」
「何それ。何様って感じだけど。」
「・・・自分でもそう思う。」

自分でも何をやっているんだと思う。でも、その時は舞い上がったというか、何と答えていいか分からず、そんなことを言ってしまった。それからは、DMでの返事がないから、もしかしたら、呆れられたのかもしれない。
「相手も小説書いてるんだよね?誰?」
私が相手のアカウント名を伝えると、彼は目の前で検索をし始めた。スマホを見たまま、動かなくなる。

かなりの時間がかかった後、真人は顔を上げた。
「う~ん。この人は真凛に本当に会いに来るかも。」
「・・・なんで、そう思ったの?」
「最新作が、明らかに真凛に対するラブレターっぽかった。」
「は?」
真凛まりんも読んでみなよ。この小説。」

真人の言葉に促されて、相手の最新作を読んでみる。投稿日は私が提案をした日より後に書かれたものだった。読んでいる内に、自分の顔が熱くなってくるのが分かる。たぶん、アルコールだけが原因ではないと思う。

私の様子を見て、弟は笑顔を浮かべながら、発泡酒に口を付けた。

仕事が忙しすぎて、あまりnoteを見れてません。すみません。
読んでほしい方は是非スキ下さい。
小説を書く時間もなくて、毎回その日に書いているような状態です。3月いっぱいはこの状態です。辛いなぁ。
・・・ラブレターの数え方は枚ではなく通ですね。直しました。疲れているようです。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。