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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第12話 逃げる方法

第12話 逃げる方法

目の前の少女は、魔王や魔人についての知識を、ディートリヒにある程度披露ひろうした後、今までの様子とは打って変わって口をつぐんだ。

シルヴィアとディートリヒの距離は、初対面とは思えないほどの近さになっていたが、彼女は気にも留めていないらしい。

「私が知っていることに間違いはありましたか?」
「今語ったことには間違いはないが、大した内容ではない。」

ディートリヒの言葉に、シルヴィアは分かりやすく眉を下げた。

「そうですか・・。あの、ディートリヒ様。私を貴方が治める地に、連れて行って下さることは可能ですか?」
シルヴィアが言っていることの意味が分からず、ディートリヒは彼女に問いかける。

「君を?アンガーミュラーに?何故なにゆえに?」
「・・私は豪商ごうしょうの娘です。院を卒業したら、私より一回り年上の同じく豪商の方との婚姻こんいんが決まっています。でも、私はあきないには全く興味がありません。それよりは魔道具を研究して作っていたいのです。」

「先ほどのような魔道具を作れるなら、相当優秀であろう?」
「商いには全く関係がないですから、評価されません。私は、魔力量は人並みなので、魔法士まほうしにはなれません。ですが、魔道具はそれほど魔力を必要としなくとも、魔法に似た効果のあることを実行でき、人の生活を豊かにします。しかも、魔法そのものを使用するわけでもないので、魔法士以外の人でも魔道具は利用できます。ですが、婚姻してしまえば、魔道具を作成することは禁じられるでしょう。そのような無駄なことをする必要はないと。」

「その、婚姻する相手と話し合えば、許可されるのではないか?」
「だめです。既に何度かお会いはしていますが、彼の欲しいものは私ではなく、私の両親との繋がりなのです。私は婚姻したら、とにかく家で大人しく過ごしているよう望まれています。」

「その者と結婚しなければいいのではないか?」
「人間にとっては、両親が決めた婚約が絶対なのです。婚約が決まる前に、恋仲になって、両親に婚約を許可してもらうようお願いする事は可能ですが、私にはそのような相手はできませんでした。」

シルヴィアの言うことを聞きながら、ディートリヒは頭の中で考えを巡らせる。

なぜ、人間はこれほどまでに血縁けつえんとかに縛られるのだろう?他の者の言うなりになって、自分のしたいことができぬなど、ディートリヒにとっては拷問ごうもんに近いのだが。

「その結婚から逃げたいのか?」
「それが一番の理想ですが。そんなことできるはずがありません。ですので、せめてその前に、魔人まじんの住む地を見られればいいと思って。」

「ここと大きく変わるところがあるとは思えないが。」
「私は魔人として生まれればよかったとさえ思っています。そうすれば、自分の好きなことをして過ごせたのに。」

全ての魔人が、自分の好きなことをして過ごせるとはとても言えないが、人間よりは血の繋がり等による束縛はないだろうとは思う。でも、それは人間と魔人とを比べると、人間の方が、個々が弱かったせいだ。個々の力が弱いと群れたがる。

「逃げる方法はある。」

ディートリヒの言葉に、シルヴィアは弾かれるように顔を上げた。その瞳に浮かぶ期待のようなものをすくい取りたいと思って、これは救いとは違うと、頭の中で打ち消す。

「私のつがいになって、私と子を成すなら、連れて行ってもいい。」
「子を成す、ですか?」
「私には血縁が一人しかいない。私が魔王の座を捨てた場合、次期魔王は一番近い血縁が継承するが、今いる血縁には魔王の座は任せられない。だから、私は早々に番を得て、子をもうけなくてはならない。討伐とうばつするような物好きが来てもいいが、私はまだ討伐されるつもりもない。」

ディートリヒの言葉に、彼女はハクハクと口を動かした。目も大きく見開いている。驚きすぎて声が出ないらしい。

「内容は分かるか?」
「分かりますが。。ディートリヒ様は、魔王の座を捨てたいのですか?」
「私は今の生活にいているのだ。できれば、他のところを見て回りたい。」
「ディートリヒ様も今の生活を捨てたいとお思いなのですね。」
「そうだ。その為に私は魔王の座を任せられる子を必要としている。」
「理解が追い付きません。。」

困惑こんわくしている様子のシルヴィアを見て、ディートリヒは軽く頷いた。

「まぁ、そうだろうな。だが、君が決断すれば、私の治める地に来て、魔道具をいくらでも研究して作ることはできる。確か他の地でも、自動人形を作成して売っている魔王がいた。質が良ければ、作成した魔道具を売って、他の者に使ってもらうこともできるだろう。私が治める地も潤うし、私もそれに反対するつもりはない。」

「それでは私にしかないのでは?」
「私は子が儲けられれば、それ以外には望まない。だが、君に不利な点もある。まず肉親には会えなくなるし、この地に戻ってこられるかどうかもわからない。それに私の方が、寿命が長いし老いない。・・魔人と人間が交わって子をなせるのかは、はっきりしないが、試せば分かることだろう。」

ディートリヒは、彼女の顔に自分の顔を近づけた。

「なんなら、術をかけて無理やり奪っていってもいいが。」
「・・それは無理です。ディートリヒ様が魔王なのではないかとは、想定していましたから。術がかからないように対策はしています。」

彼女は自分の手を上げ、手首に付けられた魔道具の輪を見せた。
ディートリヒはその輪に指先を這わせる。先ほどヘルミーナがつけていた物よりは、細工や意匠はつたないが、効果には問題はなさそうだ。これをシルヴィア本人が作ったのであれば、やはり彼女はこの分野では優秀なのだろう。

「なるほど、君は思ったより用意周到なのだな。」
「魔王を相手にするのですから、これくらいは当然です。」
「面白い。君が相手なら、しばらくは退屈しなさそうだ。」

彼女があげている腕を掴んで、自分の方に引き寄せた。彼女の頬に手を当てて、唇を重ねる。そして、彼女が抵抗しようとする前に、身体を離した。

「私がここにいるのは、カミュスヤーナとテラスティーネ、両先生が私の出した問題に答えを出すまでだ。」
彼女は自分の唇に手を当てると、ディートリヒを見て問いかけた。

「それはいつになりますか?」
「1年はかからないのではないか?君の答えもそれまでに出す必要がある。」
ディートリヒの言葉に、彼女はこっくりと頷いた。

第13話に続く

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