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【短編】消えていく風景

なかなか都道府県をまたいで帰省ができない中、私は必要があって、2年ぶりくらいに帰省した。

私の実家の周りは様変わりしていた。家の前には、細い道路があり、それを挟んで家が建っていたのだが、それらはすべて取り壊され、空き地と化していた。その奥には、いわゆる青空駐車場のようなものが広がっている。だいぶ先まで、建物はない。
両隣の家も一部残っているが、残っていても人は住んでいない。
随分見晴らしが良くなってしまった。

私の実家がある地域には、後々高速道路が造られることになっていた。
その話が出たのは、私がまだ大学生くらいの頃で、もうそれから数十年たっていた。土地の収用が実際に始まったのは、ここ数年のこと。
私の実家もまだ建っているが、後1年くらいで引っ越しをしなくてはならない。引っ越しが遅くなっているのには、家庭の事情があるのだが、まぁ、今はいいだろう。

実際にこの光景を見てしまうと、とてつもなく寂しく思うのはなぜだろう。
そんなことを思いつつ、空き地の前に立って、風に吹かれていると、ふいに視界が陰った。
一人の男性が、私と同じように空き地の前に立って、目の前を見つめている。

私が彼の方を見ていると、向こうもこちらに気づいたようで、視線を向けた。そして、軽く頭を下げた。
私も合わせて頭を下げたが、私は普段ここに住んではいない。見覚えがあるような気はしたが、私は正直子どもの記憶がかなり断片的で、知り合いかもしれないが、名前はまず出てこない。
どうしようかと思っていると、彼が私の方に歩いてきて、目の前に立った。

「久しぶり。小野さん。覚えてるかな?中学で同級生だった橋本だけど。」
「橋本君?」
「最後に会ったのは、成人式の時かな。」
そう言って、彼は微笑んだ。
彼のその顔を見て、私は中学の時、異性にしてはそれなりに仲良くしていた彼を思い出した。

「なぜ、小野さんはここにいるの?」
「・・ここは私の家の前だよ。橋本君。」
私の言葉に、彼は隣にある私の実家を見上げて、納得したような声を上げた。
「あぁ、そうだった。2回くらい遊びに来させてもらったことがあったっけ。ご家族は元気?」
「母親と弟は元気。父親は・・この間亡くなったけど。」
「そうか。悪いこと聞いちゃったかな。ごめんね。」

私が2年ぶりに帰省した理由が、父親が亡くなったことだった。先ほどまで葬儀があったのだ。葬儀の後、実家に寄って、先ほどまで着ていた喪服を脱ぎ、様変わりした風景を見ていたところだった。

「橋本君こそ、なぜここに?」
「久しぶりだったから、ぶらぶらと歩いていたらなんとなく。」
そういう彼の服装は、紺のポロシャツに、ベージュのチノパンだった。荷物は何も持っていないようだった。
「暑いけど、風も吹いているし、気持ちよかったから。」
「そうね。確かに気持ちいいね。」
「旦那さんは?」
「今、家に子どもと一緒にいる。橋本君は結婚したの?」

私は、橋本君と成人後も何度か年賀状をやり取りした。
だから、彼が実家を離れ一人暮らししていたことは知っている。でも結婚したかどうかは知らなかった。その前に年賀状のやり取りが途絶えたからだ。
橋本君が私の結婚を知っているのも、私たち共通の友人が、私の結婚式に出席したからだ。
「結婚したかったんだけどね。遅かった。」
「・・今度は私が聞いちゃいけないことを聞いちゃった?」

私が慌てて言葉を付け加えると、彼は大きくかぶりを振った。
「いや。小野さんはまだ時間は大丈夫なの?」
「しばらく周りを歩いてきたいと言って出てきたから、大丈夫じゃない?でも、お金とかは持ってない。」
「そっか。あのさ。小野さん。」
「・・。」
「僕は小野さんのことが好きだったって言ったら、怒る?」
「怒らないけど・・。遅いね。」

そうだよねー。と言って、彼は笑った。
「いつだったら、間に合ったかな?」
「・・結婚していなくて、彼氏もいない時だったら、受けてたかも。年賀状に連絡先書いたんだけど。」
「登録はしてある。してあるけど、連絡できなかった。それを言い出すにはもっと頑張らないとって理由をつけて、結局小野さんが結婚したって聞くまで何もできなかった。」
彼は、私の顔を見て言う。彼の顔は、笑みは残っているが、とても寂しげに見えた。

「でも、全然会っていなかったから、もし付き合うことになったとしても、続いたか分からないよ。」
「それって、続いて結婚した可能性もあったってことだろ?今更、そんなことを考えても仕方ないけど。」
彼は、私に向き直った。
「今日、小野さんに会えてよかったよ。自分の気持ちも伝えられたし。」
「私も、橋本君に会えてよかった。」
2人で微笑み合っていると、家の門が鳴る音と、ママ~と子どもが私を呼ぶ声がした。

実家の方に目を向けると、子どもと、夫が連れ立って、こちらに向かってくる。
「ママ。お腹空いた。お寿司屋さんに行こうって。」
「お義母さんも連れて、皆で行かないか?車出すから。」
私は、夫に橋本君を紹介しようと、彼の方に目を向けた。
「あれ?」
目を向けたところには、空き地が広がっているだけで、彼の姿はない。
私が実家に目を向けた瞬間に、彼はいなくなっていた。
走ってその場を離れたとしても、見晴らしのいい場所だから、遠く彼の姿が見えるはずなのに。どこにもいない。

「どうかしたのか?」
「あなた。私、今中学の時の同級生と話していたんだけど。」
「え?君はずっと一人だったけど。」
夫は、実家2階のリビングに面した窓を振り仰いだ。その窓からは、私のいるところが良く見える。
「窓から時々見ていたけど、君はずっと一人だったよ。あまり遠くに行くようなら、ついていこうかとも思ったんだけど。」
そう言う夫の顔を、私は言葉を無くして見つめてしまった。

「大丈夫か?疲れたんじゃ。」
「ううん。大丈夫。じゃあ、ご飯食べたら失礼しようか。」
葬儀も終わって、これからの話については、先ほど母や弟とは済ませてある。
夏休み中だから、子どもは学校には行かなくていいが、明日は平日に当たるので、家で仕事はいつも通りしなくてはならない。それは、夫も一緒だ。
私は、彼が立っていたところに視線を向けた後、荷物を取りに家に戻った。

結局、橋本君が、今どうしているのか。私は確認できていない。

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