見出し画像

【短編】お揃いの内緒話/有森・古内シリーズその8

普段よりかなり短く終わった学校の帰り道、近くの河原沿いの桜並木を見に行ってみると、桜は大分散ってはいたが、それなりに残っていた。
いかにも自宅に帰る途中だとアピールして、桜並木を見ながら歩く。
あまりに長居すると、寄り道になってしまう。
先生がここまで足を運んで、様子を見には来ないだろうと思っていた。
今頃、学校で行われている入学式で、忙しいはずだから。

桜を見上げながら、古内も誘えばよかったと思った。
バレンタインデーのお返しとして、桜のシフォンケーキを作って渡したが、それを美味しそうに味わっていた。あの時の笑顔をもう一度見たいと思った。
ここで誘う相手に、古内が一番に上がることからして、やはり僕は彼女のことが好きなのだろうと思う。

結局、古内とは、僕の自宅で、2人で話した後、あの時に飲み込んでしまった言葉を交わせずにいる。
先ほどまで行われていた始業式で、彼女の姿は見かけた。
髪が肩上の長さに切り揃えられていて、以前のように後ろで一つにくくっていないということ以外は、変わったところは特にない。
また同じクラスにはなれたけど、彼女と視線は合わなかった。席も離れていたから、挨拶も交わしていない。

ホワイトデーの日に、距離を詰めすぎたと思った。
休みの日に自宅に彼女を呼ぶという、初めてのことに、舞い上がっていたのか、自分も思った以上に緊張していたのか、おかげで、彼女との関係がまたぎこちないものになってしまった。
僕と彼女の距離をまた詰めていかないとならない。しかも、あと1年で。
1年経ったら、僕たちは中学を卒業し、高校生になる。
同じ高校に行くかも分からない。何か関係を築いておかないと、きっと会えなくなる。

河川敷の土手に腰を下ろして、川とその奥の桜並木を見つめた。
今日はとてもいい天気になった。平日だけど、最後の桜見を目的としているのか、それなりに人がいる。
目を閉じて、陽の光と暖かな風を感じてみる。頬杖ほおづえをついたら、寝てしまいそうだ。

「・・こんなに好きなんだけどな。」
頭の中に浮かぶ彼女に向かって呟いてみると、少し気分が上向く気がした。
「何が好きなの?」
独り言に対して、思ってもみなかったところから質問が返ってきた。ビクッと体を震わせて、目を開けると、頭の中にいた彼女が目の前に膝をついている。

「古内?」
「有森君、帰るの早いね。急いで追いかけたのに、途中で見失っちゃって、探したよ。」
そう答える彼女の息が上がっている。自分のことを探してくれていたという事実に浮かれそうになる自分を抑えつけ、彼女に向かって問いかける。
「古内こそなんでここに?」
「だから、有森君を探してたって。見つからなかったら、お家に行こうかとも思ってたんだけど。」と、彼女は言葉を続けた。

「家に行ってないよね?」
「?行ってないよ。その前に見つけたし。」
なんで?と首をかしげる彼女から、目を逸らす。
この間、彼女が慌てて一人で帰るのを見た家族から、実は僕は心配されている。僕が古内と喧嘩したと思っているらしく、早く仲直りするよう急かされたり、なぜか慰められたりする。彼女が僕の家に行ったら、僕が帰るまで引き止められ、あれこれ聞かれたに違いない。

「桜を見に来たの?」
僕から答えを聞き出せないと思ったのか、彼女は別の問いを口にする。
「そうだけど。今日が見納めになりそうだったし。」
「大分散っちゃったしね。」
残念だなぁと、呟いた後、僕の方を見て言った。
「最後に花見ができてよかったね。」
彼女は嬉しそうに笑った。僕が先ほど見たいと思った笑顔だった。

「それより、何か用があったんじゃないの?」
「そうだった。この間はごめんね。」
彼女は僕の言葉に重ねるように謝った。
「謝られるような事はなかったけど?」
むしろ謝るとすれば、自分だと思う。はっきりと自分の気持ちを伝えられない僕が、彼女を振り回している。

「せっかく誘ってくれて、楽しい時間を過ごしてたのに、責めるような事言っちゃったから。」
「バレンタインデーのことは、僕が悪かったって、あの時言った。」
「そうだけど、言い過ぎたような気もするし。」
彼女は持っていた通学カバンから、何か取り出すと、それを僕に手渡した。

「これ…。」
「リベンジ。ちょっと溶けてるかもしれないけど。思った以上に天気よくなったから。」
開けていいか確認を取って、ラッピングを解くと、中から手作りだと分かるチョコレートが出てきた。
「やっぱり手作りのはだめかな?」
躊躇ためらうように言う彼女に答えず、僕はそのチョコレートを手にとって、口に入れた。

彼女が真剣な面持ちで、僕がチョコレートを食べるのを見つめている。
僕はそんな彼女を見て笑った。
「おいしいよ。」
僕の言葉を聞いて、安心したように微笑む彼女を見て、あの時飲み込んだものを言うのは、今だと思った。きっと、彼女からもらったチョコレートも、僕の気持ちを後押ししている。

「古内。あの時言えなかったこと、今言ってもいい?」
「あの時って、有森君の部屋でのこと?」
僕が彼女の言葉に頷くと、彼女は少し考えるように視線を宙に向けた後、僕に向き直る。
「いいよ。私も気になってたから。」
「古内も、僕が言ったら、言って。あの時言いかけた事。」
彼女がコクリと頷いたので、僕は自分の口の横に手を当てた。

「じゃあ、耳貸して。」
「?他には誰もいないし、そのまま話せばいいんじゃない?」
「ここは外。他の人には聞かれたくない。」
彼女は再度考え込むような表情になったが、僕の近くに身体を移動すると、自分の右耳を僕の方に向ける。
「はい。どうぞ。」
彼女が大人しく僕の言うことに聞いてくれる状況に苦笑しながら、僕は彼女の耳横に手を当てた。

「古内。僕は・・。」
僕はあの時言えなかったことを彼女の耳に吹き込んだ。
言い終わって、彼女の顔を覗き込んだら、彼女の顔はこれまでに見たことがないほど赤くなっていた。
「はい。次は古内。」
「・・耳元でささやくのって、結構反則。」
「古内?」
「・・分かってるってば。」

次は、彼女が僕の耳横に手を当てる。平気なふりをしているけど、そのしぐさだけで、かなりドキドキする。
「有森君。私ね。・・・。」
一言一言丁寧ていねいつむがれた言葉。
彼女は全てを言い終わると、僕から身を外した。
「言ったけど。」
「・・よく聞こえなかった。」
「ええっ!ちゃんと言ったけど。」
「もう一回言ってほしい。」

すまなそうな口調で彼女に願うと、彼女は再度僕の耳元で、先ほどと同じ内容をささやいてくれる。
「今度は聞こえたよね?」
「よく聞こえなかったから、もう一回。」
「聞こえているよね?有森君、顔真っ赤だよ。」
自分の頬に手を当てると、確かにとても熱くなっている。
「古内も赤いけど。」
「じゃあ、おそろいだね。」

彼女が嬉しそうに笑うのを、僕も笑みを浮かべて見守った。

2人がお互いに言った言葉は、まったく同じ言葉だった。
これもおそろい。

始業式、入学式、入社式を迎える方々。おめでとうございます!
桜を出す短編。今年はこれで最後になると思います。たぶん。

これに関連するお話は以下です。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。