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【短編】掌を合わせてみたら 古内視点/有森・古内シリーズその4

掌が温かい人は、心の冷たい人。
掌が冷たい人は、心の温かい人。

私は自分より掌が温かい人に会ったことはない。それほど、他の人と手を繋いだことはないけど。
元々、私の平熱は高い。37度5分を超えなかったら、熱があるとは言えない。37度前半なら微熱くらい?

実際、親には手を繋ぐたびに、小さくて、肉厚で、温かくて、赤ちゃんのような手だと言われた。
そんな私のあこがれは、母親のような、指が長く、細く、爪も綺麗な楕円形の、触ると冷やりとする手だった。
両親の手と比べてみても、私の手は母ではなく、父に似たのだ。

友達の手を握らせてもらっても、私より温かい人はいなかった。きっと、私は誰よりも心が冷たいのだ。
私は自分の手が好きではない。

今日は、学校の日直当番だった。一緒に日直になったのは、クラスメイトの有森君だ。
日直当番になると、必ず一日の最後に日誌を書いて、担任の先生に提出しなくてはならない。書く箇所がそれなりに多いので、2人で書く箇所を分担した。既に有森君は、それほど時間をかけずに自分で書くところを終えた。

私が自分のところを書く間、隣の席に座って、私が日誌を書き終えるのを待っている。そのまま、私に提出まで任せて帰ってしまってもいいと思うのに、そういうところは責任感が強いと言うべきだろうか。それとも私に任せるのが不安なのか。

なんとなく気分が重くなっていると、隣に座っていた彼が私の名を呼んだ。
「古内。」
「なに?」
私が日誌から顔を上げると、彼は私の顔を見てぽつりとつぶやいた。
「幸せが逃げるよ。」
「は?」
「さっきから、ため息ばっかだけど、何かあった?」
彼の言葉に、私は自分の口を押さえた。まったく気づいていなかった。

「そんなにため息ついてた?」
「10回くらい?」
彼は若干呆れたように告げた。思ったより多い。私は息を吐いた。
「だ、か、ら、幸せが逃げるって言ってるけど。」
「あああ、ごめん。・・大したことじゃないよ。」
私は、慌てたように言った。実際、自分でも気持ちが上がらないというだけで、具体的に何か嫌なことがあったとか、ではないのだ。ないはずだ。

彼は私が日誌を書いている手元を指差した。
「でも、手が進んでない。」
言葉に若干責めるような空気を感じて、私は彼に弁解した。
「ごめんね。待たせちゃって。すぐにやるから。」
文章を書くのは好きだから、日誌を書くのも嫌ではないのだが、私は自分で言うのもなんだが要領は悪い。そういうところは本当に有森君がうらやましい。でも、手を止めたら、彼を困らせることになるから、私は日誌を書くのに集中しようとした。

でも、今日に限って、考えがまとまらないというか、全然別のことを考え出してしまう。日誌を書いている自分の手と、机の上に置かれたままの彼の手を思わず見比べてしまう。
そういえば、彼の手は、私の理想とする手かもしれない。
「なに?手が気になるの?」
私が彼の手を何度も見ていたことに気づき、彼が声をかけてくる。
私はその問いに特に考えもせず、思った通りの感想を返した。
「・・有森君って、指長いね。」

日誌を書いているから、彼の顔を見上げることができない。彼から言葉が返ってこなかったので、私は前々から思っていたことを話してみることにした。
「私、自分の手が嫌いなんだよね。お父さんに似たのか、指も短いし、掌も小さいし。爪の形も楕円と言うより四角いし。何より、手が温かいし。」
「いいじゃん。温かくて。何が悪いの?」
彼は、そんなこと何でもないと言いたげに、言葉を返した。

手が温かい人は、心が冷たいんだよ。
彼は、それを知らないのだろうか?
思わず、止まってしまった手を、無理やり動かした。

「手が温かい人は、心が冷たいって、聞いたことある?有森君。」
「いや、初耳だけど。」
そうか、知らないんだ。なら、そういう返答になるよね。そうだよね。
でも、私はそうは思わないんだ。
「何かそれを聞いて納得しちゃったんだよね。ああ、私は心が冷たいんだって。」
「・・僕は、古内の心が冷たいとは思わないけど。」

限界だった。今、そんな優しい言葉をかけないでほしかった。
ただでさえ、気分が落ち込んでいるのに。
私が顔を上げると、彼は驚いたように私の顔を見た。
「なに?一体。誰かに何か言われた?」
彼は、慌てて自分のハンカチを出して、私の方に差し出してきた。今までに見たことがないくらいの慌てようだ。
普段、大人っぽくて、澄ました感じがする彼が、こんな顔をするのは珍しいなと、私は泣いている自分を差し置いて、ぼんやりと思った。

自分のハンカチは持っているが、日誌に涙が落ちることを考えると、彼のハンカチを大人しく使わせてもらった方がいいだろう。私は、彼のハンカチを受け取って、自分の涙をぬぐった。
「ごめん。気にしないで。」
「いや、そんなの、無理でしょ?」
ですよね。
自分で言っていても説得力のない言葉に、もちろん彼は納得などしなかった。

「でも、自分でもよくわかってないから。多分、説明できない。」
「本当に大丈夫?」
彼はまだ心配そうだが、この言葉は本心なので、どうしようもなかった。
「大丈夫。ごめんね。心配させて。ほら、日誌も書けた。先生に出しに行かなきゃ。」
日誌を閉じて、私は席を立とうとした。が、彼の手が、私の肩にかかる。
「だめだよ。」
「有森君?」
「そんな顔で職員室に行くのは、良くないと思う。ちょっと落ち着くまで、待ったら?」

私は自分の顔が見えない。私の顔を見ている彼がそういうのなら、まずいのだろう。私はそのまま椅子に座り直した。彼も同じように椅子に座る。
しばらくお互い見つめ合って何も言わなかった。この空気を作り出したのは、外ならぬ私だ。なら、この空気を変えるのも私だよね。

「有森君は・・手が冷たそうだね?」
「また、何を突然。」
「手が冷たい人は、心が温かいって。こんな私に付き合ってくれる有森君は、心が温かいから。」
本当に面倒くさい私によく付き合ってくれているよ。有森君。

彼は、私に向かって掌を見せて差し出した。
「試してみれば?冷たいかどうか?」
「え、そういうつもりじゃなかったんだけど。」
「ついでに手の大きさとか、指の長さとかも比べてみれば?気になるんでしょう?」
見る限り、私の手より彼の手の方が絶対に大きい。指ももちろん長い。
同い年なのに、なぜこんなにも違うのだろう?性別が違うから?確かに、彼は私よりも身長が高いけど。

有森君と掌を重ねるのは、正直言って恥ずかしい。でも、彼の方が言い出してきているのだし、教室には他に誰もいないし、こんな機会は今後ないだろうことは分かった。
思い切って重ねた彼の掌は、思った通り冷たかった。
重ねてみるとよくわかる。指は細いというか関節が分かって長い。掌自体も私のと比べて厚みが薄い。
は~。羨ましい。

私は理想とする手に会えて、なぜか口の端が緩むのを止められなかった。
彼は、若干視線を宙にさまよわせているが、手を律儀に重ねてくれたままだ。
「やっぱり、有森君の手は冷たいね。理想的。」
「りそうてき・・?」
「私も有森君みたいな指が長くて、冷たい手がよかった。」
「・・僕は嫌いじゃないけど、古内の手。」
「絶対、有森君の手の方がいいって。」
私が力説すると、彼は視線をそらし、困ったように笑った。


有森君視点は、以下よりご覧ください。

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