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【短編小説】たなばたたられば

会いたい。

私が思うのは、それだけで。会って何か変化があるかというと、多分ないと思う。そうは思うのに、私は事あるごとに彼のことを思い出し、会いたいと願う。その為の行動は何一つ行わないにしても。

問題は、私には同じ家に住んでいる家族もいて、連絡を取り合っている友達もいるというのに、夜寝る前に不意に訪れる『寂しい』という感情と共に、その思いが合わせて湧き上がってくるということ。

これは、私が彼に恋をしているということなのか。でも、それならもう少し積極的に行動しようとするんじゃないだろうか。彼に会ったら、はっきりするかもしれないのに。

もし、彼が誰かと付き合っていたり、結婚していたりしたら、私は彼と会いたいと思わなくなるのだろうか?否。私はそれでも彼に会いたいと願う。一回会ったら、満足できると思う。多分。彼に会っても、自分のこの気持ちは伝えない。

過去の恋は美化される。片思いは特に。

中学生や高校生になると、学校生活でも、それなりに異性を意識し始める。相手と気軽に話せなくなる。少しでも親切にされると、何となく意識をし、それを拗らすと好きだと思うようになる。実際、私が初めて好きになったのは、中学3年生の時、同じクラスになり、気軽に話しかけてくれた男子だった。

でも、今から思うと、彼は私の友達に好意を持っていたのだろう。
一緒に遊ぶこともあったけれど、大抵友達ぐるみだったし、多分私はその友達と過ごす口実に一緒に誘われただけだろうと思う。中学最終学年で特に彼との距離は縮まらなかった。2人で何かをした覚えもない。

高校に行ったら、余計に異性と話すことは無くなった。友達との橋渡しを依頼されたことはあったものの、私本人に何か告白めいたものをされたことはなかった。それに、私は初恋をずっと引きずっていて、他に好きな人もできなかった。

大学生になって、初めての彼氏もできたし、何人かの人と付き合ったことはあったものの、どの恋愛も長続きしなかった。全て、相手の方から別れを切り出された。

私が今でも時折会いたいと願うのは、その初恋の相手だけだ。


仕事帰り。
最寄り駅のビル入口横で、高校生らしき女の子たちが、群がっているのを見止めた。彼女たちの前に設置された、たくさんの短冊が飾られた笹を見て、今日は七夕だったなと、腑に落ちる。彼女たちも短冊を書こうとしているらしい。

俺はそれを横目に見ながら、エスカレーターに乗った。目的は上階の本屋だ。今日は金曜日で、休みの予定はたってない。久しぶりに本を読み漁ろうかと思い、そのおかずとなる本を探そうと思っていた。家で読むのは、仕事に関連した技術書や実用書が多く、電子本では読みにくい。品ぞろえが豊富なのは、やはり駅ビル内の本屋だ。

目当てのものを手に入れて、背中にかかる重いリュックを感じて、口の端が緩みそうになる。ついでに夕飯も何か買って帰るか、だったら先に買ったほうがよかったかも、とどうでもいいことを考えながら、歩いていると、また、短冊が飾られた笹が目に入る。先ほどのものとは別の奴で、設置場所が悪いのか、短冊の数もそれほど多くない。その前で立ち止まる人も、俺以外にいない。

大体、願いを短冊に書いて、何になるんだろう。願い事なんて、自分がそれに向かって行動すれば、何とかなるんじゃないかと思ってしまう。楽観的だと言われてしまえばそれまでだけど。
願っても叶いそうにないことは、当然、短冊に書いたって、叶わない。
皆、願うだけで動こうとせず、後から『〇〇しとけば』『〇〇だったら』って、後悔するんだ。

皆の願いがつるされたこの笹は、明日になったら、撤去されるんだろうけど、その後どうなるんだろう?ゴミになるんだろうか。それとも正月飾りとかと同じように、神社とかで燃やされる?でも、相当な数になるだろうから、全て、そう処理はされないと思うけど。

飾られた短冊に目を走らせる。
その中の一つに目が留まった。手を伸ばして、短冊を自分の方に引き寄せる。

『七瀬くんにもう一度会えますように さい』

見覚えのある筆跡に、心当たりのある彼女。

思わず辺りに視線を走らせたが、誰もこちらを見ていない。皆、本屋を出たら、エスカレーターかエレベーターに向かうから、階段へ通じるこの通路を使う人はめったにいない。第一、俺だって考え事してなければ、ここ歩いてないし。

なぜ、彼女が書いた短冊が、この笹に吊るされているのか。
勤務先が近くとか?それともこの近くに住んでいる?
そして、この『七瀬』は自分のことを差しているのか、同姓同名の他の人のことなのか。

疑問がたくさん頭の中に沸いてきて、俺はその場に立ち尽くす。

考えるのは、面倒だ。直接本人に尋ねればいいだけのこと。

俺はその短冊を写真に撮った後、そのままスマホにあった連絡先にコールする。この連絡先だって、繋がるかどうか怪しいものだったが。

「・・はい。もしもし。」

こちらを警戒するような声音で、相手が出た。

「もしもし。さい?」

「石川君。久しぶり。どうかしたの?」

「よく、俺からだって分かったな。」

「私のことを、さいって呼ぶのは、男の人だと、石川君しかいないから。」

「・・今日、これから会えないか?だめなら、明日とか明後日でもいい。」

「本当に急だね。」

電話越しに、彼女の笑い声が聞こえた。何となく、俺の心に温かいものが広がる。彼女の声を聞きながら、俺は空いている手で、何も書かれていない短冊を引き寄せる。

斎賀さいがひらりの願いが叶いますように 石川七瀬』

そう、願うんじゃなくて、手を伸ばせばいいんだ。
そうすれば、きっと君の願いは叶う。

本当は、昨日が七夕だったので、昨日投稿したかった。でも、文章にならず。昨日は風が強い割に、雲も多く、天の川は見られませんでした。
私は、願うだけで、なかなか行動に移さない方なので、石川のように行動力が欲しいと思います。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。