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【短編小説】Happy Birthday

滅多に鳴らない自宅のインターフォンが音を奏でたのは、21時頃だった。
特に誰かと約束はしてない。宅配便かと思って、モニタに出ると、そこに映し出されていたのは、スーツ姿の男性だった。

「こんな時間に何のよう?」
「寒いから、まず家に入れてくれよ。」

モニタを切って、軽く舌打ちする。明日も仕事なんだから、平日の夜に来ないで欲しいものだ。

玄関を開けると、「寒い、寒い。」と言いつつ、彼が入ってくる。しばらく会わない内に、髪に白髪が混じってきたと思ったら、それは髪にうっすらと積もった雪だった。

「雪降ってるの?」
「まぁ、軽く。」
「馬鹿じゃないの?こんな寒い日に出歩くなんて。」
「そりゃ、今日はお前の誕生日じゃないか。」

さらりと返されて、言葉に詰まった自分の頭に手を載せて、ポンポンと叩かれる。その部分に手を載せると、俺は彼をじろりと下から睨みつけた。

「子ども扱いするな。」
「子ども扱いじゃない。久しぶりに会った弟を労って、何が悪い。」
「・・元気なのか?」
「それなりにな。」

彼は着ていたスーツを玄関脇のフックに吊るすと、そのまま部屋の中に入ってくる。

「寒くないか?」
「エアコンは乾燥して、喉がおかしくなるから嫌なんだ。」
「まぁ、いい。ケーキを買ってきたんだ。一緒に食べよう。」
「これ、どう見てもホールだけど。」

彼が手に提げていた袋の中には、白い正方形の持ち手が付いた箱が入っている。中が覗けるような構造にはなってない。

「甘い物嫌いだっけ?」
「好きだけど。」
「一番小さい4号だから、2人で半分ずつくらい食べれるだろう?夕飯は済ませてそうだから、ケーキにしておいた。」
「そっちはご飯食べたの?」

首を軽く横に振られたので、自分は「何か作るよ。」と言って立ち上がる。とはいえ、たいした食材はない。兄は、こたつに足を差し込むと、天板の空いている箇所にケーキ箱を置いた。

「これはなんだ?」

こたつの周りを囲うようにしてばらまかれた紙切れを拾い上げて、兄が問う。自分は横目でそれを見止めると、目の前のフライパンに、卵液を流し込みながら答える。

「ちょっと、勉強し直そうかと思ってて。」
「ふ~ん。通信大学の募集要項か。」
「完全に趣味の分野で、今の仕事には関係ないんだけど。」
「別に自分に言い訳しなくてもいいぞ。いいんじゃないか。」

半熟めのいり卵を作ると、それをよそったご飯の上に載せる。更にウィンナーも焼いて、その横に載せる。冷凍のほうれん草も、凍ったままフライパンに突っ込んで、バターで炒める。

「なんか、このまま年取るの、もったいない気がして。」
「俺への当てつけか?」
「違うよ。変わらない毎日を過ごして、仕事もそれなりにうまくいってるし、何も不満はないんだけど。興味引かれたことをやっておくのもいいかと思っただけ。それは、スクーリングもオンラインだから、仕事と併用もしやすいんだ。」

即席のどんぶりご飯を兄の前に置くと、兄は小さな声で「美味しそうだな。」と呟いた。

「たいしたものじゃないけど、どうぞ。」
「いただきます。」

兄がご飯を食べている内に、散らかっていた紙を揃え、天板の大半を陣取っていたノートパソコンと合わせて片した。兄が美味しそうに食べているのを見つめながら、この部屋に人が訪ねてくるのは、何年ぶりだろうかと考える。

「で。その後、兄貴はいい人が見つかったの?」
「・・その言葉は、そのままお前に返してもいいか?」

兄がどんぶり飯を食べ終わる頃に尋ねたら、思った通りの答えが返ってきた。自分は乾いた笑いをそれに返す。

「今は、仕事もあるから、あんまり気にならないけど。」
「でも、確実に俺たちは年を取ってる。いつかは仕事もできなくなるし、一人になる。」

「そうだね。」と応えつつ、自分は器を下げ、代わりにケーキを食べるための準備を始める。兄が言いたいことは何となく分かる。自分も変わらない毎日の中、時々考えることだから。強がって、一人で生きていけると、その度に否定するけれど、それは自分への言い訳でもあると、思ってしまう。

ケーキの箱を開けると、中には小さめのホールケーキが入っていた。ご丁寧にプレートが付き、プレートには『Happy Birthday』と書かれている。ろうそくまで付いていた。

兄に目を向けると、彼は「分かりやすいだろう?」と言って、笑う。

自分はその様子に軽く息を吐くと、ケーキの中央にナイフを入れ、ホールケーキを2つに切り分けた。それぞれ皿の上に移す。プレートは兄のすすめで自分のところへ。

自分の歳分のろうそくはなかった。あったとしても全て挿せないが。お互いの取り分け分に、3本くらい挿した後、マッチで火をつける。兄と共に、手を叩きながら、だみ声の『Happy Birthday to you』を歌った。何となく、心の中に懐かしさがこみ上げた。

「この前、久々に実家に帰ったんだけど、お母さんが寂しそうだった。」
「なんだかんだ言って、仲良かったからね。」
「お父さんが亡くなった時も、涙一つ流さなかったから、大丈夫かと思ってたけど。」
「ほら、今は猫たちがいるから、大丈夫じゃない?」

目の前のケーキに、フォークを差し込む。ホールケーキなんて、一人だと、誕生日やクリスマスなどのイベント事であっても買わない。食べてみると、生クリームが軽く、いくらでも口にできそうだった。きっと、いいところのケーキだ。今は、コンビニケーキも質がいいが、クリスマスにはまだ早い。さすがにホールケーキは売ってないだろう。

「猫が皆死んだら、また、新しいのを飼いそうだ。」
「兄貴も猫とか、何かペットを飼ったら?」
「・・それは、自分が欲しい温もりじゃないからな。」
「じゃあ、ずっと未来で、お互い一人だったら、一緒に住む?」

自分の言葉に、兄は俺の顔をまじまじと見つめると、深い深い息を吐いた。

「それは、俺じゃなくて、仲がいい女友達にでも言ってやれ。」
「・・いないし。そんな相手。」
「そうか?忘れてるだけじゃないか。」
「・・そうなのかな。」

自分が思っていても、相手がそう思ってなかったら、やっぱり、そんなこと言えやしない。スマホの連絡先の分かりやすいところにいるけれど、一度も連絡をしてみたことはない。相手から連絡がこないことは分かってる。以前伝えた電話番号は既に変わっている。

「まぁ、来年も兄貴が祝ってくれるだろ?」
「そう言うなら、俺の分も祝ってくれよな。来年は。」
「はいはい。」
「でも、来年は恋人ができて、一緒に過ごしてるかもしれない。」
「・・だったら、良かったね。」

一年後、自分に何か変化はあるのか。
結局、変わらない一年になるかもしれないが、それでも今日は、自分に対して言おう。

誕生日、おめでとう。自分。

こんにちは。昨日は弾丸で実家に帰っていました。猫たちから元気をもらって帰ってきたつもりです。「10000字チャレンジ」が地味に辛かった。

来週、私の誕生日なのですが、平日で投稿難しそうなので、先行して本作を投稿します。実際にケーキを食べるのは、来週末になりそうです。歳を取ると、あまり誕生日を迎えるのは嬉しくないのですが・・。

あと、Googleで「Happy Birthday to you」で検索したら、リボンが舞って、お祝いされました。すごいな。

過去の誕生日投稿は
「【短編】誕生日」
「【短編小説】誕生日に望むもの」
です。
興味があれば、合わせてご覧ください。

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