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【短編】髪形を変えてみたら 有森視点/有森・古内シリーズその2

僕のクラスメイトに、古内という女子がいる。
仲がいいかと言われると、どちらかが教室にいれば、声をかけるほどには仲がいい。だが、僕は基本どの女子ともそれなりに仲がいい。
なんでも、声がかけやすく、話しやすいのだそうだ。他の男子のようにからかうこともないし、でも深く付き合うこともない。
要するに、どこまでも僕は、「いい人」でしかなかった。

同性の友達だって、多分、他の男子に比べたら少ないのだろう。
他の男子とつるむくらいなら、部活に行くか、さっさと帰るか、他の女子と話をしていた方が、自分としては落ち着く。
別に、同性が好きだから、落ち着かないとか、そういうわけではない。
きっと自分は変わっているのだろう。それは自分でも分かっていた。

その中で、古内はとても真面目で、大人しくて、体育が得意ではなくて、本を読むのや、絵を描くのが好きなやつだった。肌が白くて、とにかく髪が綺麗だった。時々、彼女が自分で髪を撫でているのを見たことがある。それを見ると、自分もいつかその髪に触ってみたいと、思った。

その願いが叶う時は、それほど遠くなく訪れた。
たまたま、彼女を交えて雑談をしている時に、彼女の友達である田中が髪を結う話をし始めたのだ。田中は古内と仲が良く、髪を結うのが好きで、将来は美容師になりたいと言ったのを聞いたことがある。
僕はこれ幸いと、その話に乗った。そして、自分から彼女の髪形を変えてみたいと言ってみたのだ。

彼女は、僕の申し出にかなり戸惑っているようだったが、それでも断られはしなかった。田中に自分が変えたい髪形を話す。
古内の横の髪を三つ編みにして、後ろでまとめるのだ。
「ちょっと、お嬢様っぽいね。」
そういって、田中は自分が持っていたブラシや櫛、髪ゴムなどを机に出して、貸してくれた。

「ほら。古内。椅子に座って。」
僕はそう言って、彼女に椅子を示した。彼女は渋々椅子に座った。
古内の髪は、栗色で、真っすぐで、髪の量が多かった。手で触れると表面はなめらかで、サラサラしている。自分の髪は若干天パが入っているから、ここまでの手触りはない。

櫛でブロック分けし、田中のアドバイスを受けながら、僕は自分が思った通りに髪を結っていく。
「痛かったりしたら、ちゃんと言って。」
「わかった。」
古内は短く答えると、されるがままに自分の手に身を任せている。
彼女の髪はブラシや櫛に引っかかることもなく、自分の手の下で形を変えていった。

「はい。完成。」
初めてにしては、かなりうまくいった。心の中で自画自賛していると、古内がこちらをくるりと振り向いた。自分の目が彼女に吸い寄せられると感じたのは一瞬だった。
僕は、隣の田中と顔を合わせて、軽く頷き合った。
「うん。かわいい。いつもこの髪形でくればいいのに。」
「髪結わないの、もったいないよね。とっても似合ってるよ。」
彼女は、僕たちの言葉に恥ずかしそうにしながら、自分の頭の後ろに手を当てて、髪形を確認していた。

「じゃあ、今日はこのまま帰ってね。」
せっかくうまく結えたのに、崩してしまうのはもったいない。そう思って提案すると、彼女は抗議の声を上げる。
「ええっ。」
「だって崩すのもったいないし。髪ゴムはあげるから。」

田中が、自分の心の内を読んだかのように同調してくれた。僕は彼女に向かって笑ってみせる。
「そういう髪形してると、古内って、お嬢様っぽいよな。」
彼女は僕の言葉に困ったように、はにかんで見せた。

結局その日はそのまま解散になり、古内は結われた髪形のまま、家に帰った。問題はその翌日以降だった。髪形を変えた古内のことが、一部の男子の間で話題になってしまったのだ。
なぜか、それを聞いて、自分は面白くなかった。
あの髪形にしたのも、彼女の髪に触れたのも、全部自分なのに。

僕は彼女の髪形を変えたいと、二度と言わなかった。彼女もあの髪形で学校に来ることは、あれからなかった。
あの髪形の彼女は、自分の心の中だけにあればいい。
髪を後ろで一つに結わえたいつもの彼女を見て、僕はそう思った。


古内さん視点は、以下よりご覧ください。

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