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【短編小説】私も恋愛というものをしてみんとてするなり。

「恋愛しなくても、人は生きていけるよね?」

と尋ねたら、目の前の彼は、嫌そうな顔をする。
きっと、また変なことを言い出したと思っているのだろう。

でも、私がそんな事を話せる相手は、彼しかいないのだから、話には付き合って欲しい。

「人生の必須要件ではないからね。」

彼は渋々といった様子で、私の質問に答えた。私の唇は弧を描く。何だかんだいって、彼はちゃんと私の質問に答えてくれる。

「なら、なぜ皆、付き合うだの、別れるだの、そういう話をして盛り上がるんだろう?」
「それは、恋愛をしている人でないと、答えられない問いじゃないか?」

彼は呆れたように呟く。少なくとも、彼からは誰かに恋をしているとか、誰かと付き合っているとかいう話を聞いたことも、したこともないと、思い返した。質問する相手を間違えたのかもしれないが、彼の意見は聞いてみたかった。

晴臣はるおみは恋愛してないの?」
「していたら、君の誘いに乗ってないと思うが。」
「そうね。そうかも。」

やっぱり、質問する相手を間違えたかも。
私が考え込んでいると、彼はおもむろに口を開いた。

「人を好きになる事には、何か利点があるんだろう。」
「そうかしら?」
「相手の事を考えて、時間が過ぎたり、心が高鳴ったり、一緒にいて幸せだなと思ったり。少なくとも、していなかったら、思わないような行動や思考をとったりするんじゃないか?」

それなら、私も恋愛をしてみたいものだ。
自分でも考えたことのないことを考えたり、行動したりするのなら。新しい自分が見つかるかもしれない。少しは今の自分が成長するかもしれない。

「随分具体的ね?本当に恋愛してないの?」
「してないよ。・・・たぶん。」
「珍しく曖昧な答えね。」
「君は俺を何だと思ってるんだ。」
「質問したら的確に答えを返してくれる、頼れる人かしら?」

彼は思ってもいなかったことを言われたというように、その目を見開いた。動きを止めた彼の前で、私は両手を胸の前で握って、お願いをしてみる。

「今までにしたことのない経験ができるなら、私もしてみたい。」
「しようと思って、できるものじゃないと思う。」
「晴臣ならいい方法を思いつかない?または私に協力してくれるでもいいよ。」
「協力って・・どういうこと?」
「それは、私の恋愛相手になってくれれば・・。」
「だから、なろうと思ってなれるものではないんだって。」
「・・それは残念。」

私が分かりやすくしょんぼりしてみせると、彼は唇の端をひくつかせた。

「今、何考えてる?」
「晴臣が協力してくれないなら、他の人に頼んでみようかと。」
「他に頼める人なんているの?」
「いなかったら、その辺りの通りすがりの人に。」

私の言葉に彼は深々と息を吐く。疲れているなら、話を切り上げた方がいいかもしれない。

「今日は、もう解散しようか?疲れてるでしょう?」
「いや、そうじゃない。それにこのまま解散されたら、気になって仕方がなくなるから、駄目だ。」
「晴臣が大丈夫ならいいんだけど。」

彼はこちらを見ているようで、何か考え込むように視線が定まらない様子でいた後、思い切ったように口を開いた。

「分かった。俺が付き合う。」
「さっき、自分の事で精一杯って、言ってなかったっけ?」
「他の奴に任せるくらいなら、俺がやる。大体、君が思いつくままに行動したら、周りに迷惑がかかって、そのフォローをする羽目になるのが目に見えてる。」
「私は晴臣が相手の方が嬉しいからいいけど。」

彼は口を噤んで私を見る。私は彼に笑いかけた。なぜ笑いかけたのかは、自分でもよく分からなかった。

「で、何がしたいんだ?」
「恋愛って何をするものなの?」
「2人で会うとか?」
「今、そうしてるけど。」
「手を繋ぐとか?」
「こう?」

私が彼の手を握ると、彼は「こう繋ぐんじゃないか」と言って、指を絡めた。

なるほど。より接触面積が広くなる繋ぎ方だ。

「他には?」
「何処かに遊びに行くとか、たくさん話すとか、ご飯食べるとか。」
「それは今までにもしてるじゃない。恋人同士しかしないことってないの?」
「と言われても。」

考え込んで、黙ってしまった彼の服を、繋いでいない方の手で引っ張ってみる。下を向いた彼の顔に自分の顔を寄せた。
彼の驚いた顔を見て、気分が上向いた。

「・・こういう事は本当に好きな人とするべきだ。」
「私たちは恋人同士ではないの?」
「こんなの偽物でしかない。」
「少し黙って。」

今度は長めに試したら、彼が応じてくれたのは良かったけど、長くなって息が苦しくなった。なかなか合間を与えてくれない。

「苦しいんだけど。」
「・・じゃあ、辞める?」
「もう少し手加減して。」
あおったのは文歌ふみかの方。」
「もう少し優しくして。」

彼は私の言葉に一瞬苦しそうな表情をした。

「続けるの?」
「うん。気持ちいいから。」
「そうじゃなくて。この恋愛ごっこ。」
「私は晴臣となら、ずっと続けていいよ。」
「・・最初からそう言えば良かったのに。」

自分でもよく分からないのに、口にすることなんてできない。

私は彼の胸の中で、そう思った。

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