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【短編小説】生き急ぐ貴方へ

窓の外は、まだ日が昇っておらず、暗いまま。
先ほど、顔を洗ったというのに、すっきりと目が覚めない。

毎朝読む本は、前日の夜に決めている。
このところ、読書のスピードも遅いように思う。せっかく頭が働きやすい朝を選んでいるのに、なぜだろうか。

欠伸あくびを噛み殺しながらも、メモを取りながら、読んでいると、テーブルの上に置かれたスマホが絶え間なく、振動する。どうせ、仕事に関するメッセージのたぐいだろうが、こんな早朝に返事を欲しがる人はいない。さらに、毎日メッセージを確認する時間は決めている。

今読んでいるビジネス書も、読み終わったら、感想をまとめてブログにアップしなくてはならない。それを見て、仕事の依頼が入ることも多いから、ブログへのアップは毎日欠かさず続けている。自分には、無駄にできる時間は一分もない。こんな生活をもう一年は続けている。もう一年。たかが一年。

自分の生活は大きく変わった。所謂ブラックな職場で、朝から晩までこき使われ、会社に行くことができなくなった。このまま続けていては過労死すると、退社したが、生活していくには仕事はしないとならない。幸いツキに恵まれ、フリーランスで働くことができた。

仕事は順調で、贅沢をしなければ、自分一人くらいは問題なく暮らしていける。貯金もたまりつつある。将来のことを考えれば、まだまだだが。前職のこともあるから、体調を崩さないよう休んでいるし、遊んでもいるつもりだ。

会社に所属しないということは、営業からすべて自分で行わなければならないということ。また、自分を守るもの(正直前職では守ってくれなかった)が、何一つないということ。自由度は増えたけれど、その裁量は全て自分一人にかかっている。

いつ仕事が途絶えるか分からないと思うと、来る仕事は拒まず受けたほうが、将来の備えにもなる。自分は同じ間違いは繰り返さない。もう、自分の限界は分かっている。だから、ここ最近はキャパオーバーになりつつあることも、頭の片隅にはあるものの、受けられるだけ仕事を受けてしまう。体調は崩してない。今の仕事への取り組み方に、ストレスも感じてない。

そう感じているのに、時々目の前が見えているようで、見えてないような感覚を覚えるのはなぜだろう。


『元気?生きてる?』

そのメッセージを見て、安堵あんどすると同時に、もやっとした気持ちが浮かぶ。

『生きてる』

それだけ返して、パソコンの画面に向き直る。今日の自分に課したノルマがまだ終わっていない。直ぐに返信したら、また返ってくることが分かっているのに、と思った時には、もう遅かった。

『久しぶりに飲まない?』

それができたら、苦労しないのだが。
スマホの画面に表示されたメッセージを見つめて、誰も聞いていない、ため息を吐く。

メッセージの主は、正確に言うと知り合いだ。友達というほど、親しくはない。自分には友達はいない。誰も彼も表面上の付き合いで、自分の気持ちを吐露とろしたこともない。メッセージを送りたいと思っても、日々の忙しさにかまけて、思うだけで終わってしまう。

自分とは違い、どこか大手の会社に勤めていて、仕事を通じて知り合った。その仕事自体はもう終わっているのだが、月に一度ほど、生存確認のようにメッセージを送ってくる。毎回飲みや遊びに誘われるが、仕事に追われていて、その誘いに応えていない。

そっけない対応で断っているのだが、また忘れたころに連絡が来る。メッセージを見ると、「まだ連絡をしてくれる」とほっとする気持ちと、「放っておいてほしい」と冷たく思う気持ちが、交互に沸く。わずかに自分の心が乱れる。仕事に忙しい時には、やめてほしいと思ってしまう。なのに、実際に連絡が来なくなったら、寂しく思うのだろうか。

『仕事が忙しくて今は無理』

『分かった。また今度ね』

断るとあっさりと引き下がるのが、さらに自分の心を乱す。心にあるのは、罪悪感。何度も誘ってもらって、連絡ももらっているのに、それに応えられない自分。相手は、それほど深く考えていないのかもしれないが。きっと、会って話をしたら、時が経つのを忘れるほどに、楽しいはず。それは分かっている。

会社員は、与えられた仕事をこなしていれば、決まった給与がでる。自分みたいに将来のことを心配することはないんだろうなと思う。以前、飲みの場でそれを口にしたら、「自分には才能がないから、フリーランスとして働ける石井さんはすごいと思う」と言って、笑ってた。余裕があるから、そうやって笑えるんだ。

『もう、連絡してくれなくていい』

そう書いた後に、思い直して消した。こう送ったら、もう連絡はくれなくなるかもしれない。そうしたら、心をわずらわされる事柄が一つ消える。でも、せっかくできた繋がりなのに、ほぼ相手のおせっかいさで成り立っている繋がりではあるけれど、この場で断ち切っていいものかと考える。

この先の自分にとって、このやり取りは単純だけど、でも決して無視してはいけないものなんだ。いくら忙しくたって、それくらいは分かる。

目の前の画面に意識を戻したら、先ほどから少しも作業が進んでいなかった。思わず舌打ちが出る。テーブルの上にあったスマホを、遠く離れたベッドの上に放った。ベッドの上の布団に緩やかに着地する。その様子を横目で見ながら、自分に向かって、言い聞かせる。

これは望んだ世界だ。何も間違っていない。

大きく深呼吸して、パソコンの画面に向き直った。キーボードを打つ音が、誰もいない夜の部屋に響き続ける。


スマホを持ったまま、胡坐あぐらをかいていたベッドに、足を崩して倒れこむ。このままの状態だと、電気が煌々こうこうとついたまま寝てしまいそうだと思いつつ、なかなか起き上がることができない。

やっぱり、また振られてしまった。ここ最近は同じことが続いている。

一緒に仕事をした後、打ち上げと称して飲んだ時、あれほどお互いの好きなことで盛り上がったのは初めてだった。そのテンションのまま、かつ、お酒も入っていたから、今となってはどこまで自分をさらけ出したのかすら覚えてもいないのだが、嫌われるまでには至らなかったらしい。

だが、その時、私は決めた。この相手とは長く付き合っていこうと。恋愛とかそういうんじゃなく、お互いのことを励まし、かつ高めあえる相手として。
そういう相手には巡り合おうとしても、見つけようとしても、なかなか見つかるものじゃないと、私は今までの経験から実感していた。

なのに、このところは誘っても大抵「仕事が忙しい」と理由をつけて断られる。自分とは違って、相手は企業に所属しない自営業。全てを自分でこなさなくてはならないのだから、自由度は高いとはいえ、大変だろう。私にはとてもできない。だから、仕事が第一優先になることも容認してるし、応援もしている。

でも、時々思う。それって、生き急いでない?って。

確かに自分に与えられた時間は限られているし、無駄に過ごしたらもったいないのかもしれないけど、今しかできないことも、仕事以外に、いっぱいあるんだよ。自分の抱えてる思いを、他人に話すこともそれに含まれるんじゃないかな。仕事に関係ないことで笑いあうことや、愚痴をこぼすことも必要なんじゃない?

仕方ないから、取り敢えず連絡は取り続ける。
返信が返ってくる間は、続けるつもり。

また、会って話ができる日は来るのかな。私の目を正面から見つめてくれる日はあるのだろうか。
……そして、私はその時まで待てるのかな。

BGMはOfficial髭男dismの「日常」です。

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説那(せつな)
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