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【短編】君を繋ぎ止めるためならば ♯2000字のホラー

俺が彼女に会ったのは、自分が大学生の時だった。
俺と彼女は学部が違ったが、人数合わせで連れてこられたコンパで、同じように迷惑そうな様子を隠さず、会場の隅で飲み物を飲んでいる彼女に出会った。

色白で、綺麗に肩あたりで当てられた内巻きカールの髪。着ている服も女性らしいもので、色はパステルカラー。多分笑っていたらかなり人目を引いただろうに、その表情がその様相にそぐわなかった。
自分のように人数合わせで参加させられたのだろう。友達がいる様子もなく、一人でぼんやりと会場を眺めていた。

「こんにちは。」
自分は何となく彼女に共感めいたものを感じ、声をかけた。彼女は俺に視線を向けると、表情を変えずに口を開いた。
「こんにちは。」
「つまらなそうだね。」
彼女は俺の言葉に、僅かにその瞳を見開いた。
「・・貴方もね。」

「◇◇◇◇。」
「え?」
「俺の名前。」
俺は彼女の隣にあった椅子に座った。彼女は斜め下から俺のことを見上げる。
「毎日楽しい?」
「寮と大学の往復だから、目新しいものはないわね。」

彼女の言葉に、俺は心の中で同意した。全国各地からこの大学に対して生徒は集まってくるものの、近くに遊び場所もない。勉学に集中できる環境ではあるものの、閉鎖的な環境ともいえる。

「羽目を外したいと思わない?」
「・・。」
「今の自分を変えたいとか?現状を払拭ふっしょくしたいとか。」
「何でそんなことを聞くんですか?」
「お互いつまらなそうだから。」
「自信があるの?」

彼女の言葉に、自分は口の端を上げただけで何も答えなかった。彼女はそんな俺の表情を見たまま、口だけを動かした。
「いいわ。付き合いましょう。」
「・・せめて、名乗ったら?」
「◆◆◆◆。」
彼女の存在に比べると、その名は思ったより平凡に思えた。

彼女と付き合って分かったことは、彼女が現状に飽いているということだった。だからと言って、自分で何か行動に起こそうとする様子はなかった。

俺は彼女を引き留めるために、あらゆる手段を用いた。ライバルを排除し、目新しいものを彼女の目の前に差し出し、常に彼女の視線をこちらに向けるようにした。幸い、彼女は世間知らずで、俺が何かを教えると、目を輝かせてそれを聞いてくれた。俺は彼女の体験や知識が偏るように仕向けた。彼女の世界が広がらないようにし、彼女が気づかないように自分の元に囲い込んだ。

大学を卒業し、俺は銀行員になり、彼女と強引に籍を入れた。彼女の両親は、俺が銀行員であるというだけで、彼女との結婚には賛同してくれた。彼女は面と向かって結婚に反対はしなかった。後から考えると、彼女は現状から逃げ出せるのなら、どんな手段を取ってもよかったんだ。それが好きではない俺との結婚でも。

そうしない内に、彼女は四六時中、外で遊びふけるようになった。家事は一切しない。それに金遣いも荒くなった。自分は就職もせず、俺が仕事をしている間は、まず家にはいないらしい。
夜遅くに酒の匂いをさせて、自宅に帰ってくる彼女と、毎日のように、口論になった。いや、口論とは言えない。彼女は、俺の小言をただ黙って聞いて、何も反論することなく、寝室に向かう。

日によっては、朝になっても帰ってこないことがあった。そんな日々が続き、ただでさえ、就職したばかりで、余裕のない俺は、その生活を容認ようにんすることができなかった。
彼女は俺と別れることをあっさりと受け入れた。既に自分がいたくない現状からは逃れられたからか、それとも、自分の代わりとなる人物を別に見つけ出していたのか、彼女は何も俺には語ってくれなかった。


始まった時と同様に、一枚の紙切れで、俺たちの結婚という名の関係は終わった。
きっと、誰かに彼女との関係を話したら、何でそんな人と結婚したのかと、呆れられると思う。

でも、俺にとっては彼女がすべてだった。
彼女を繋ぎ留められなかったのは、俺が仕事をするようになり、彼女を見ていられなくなったこと、そして、俺が稼いだ金を使い、彼女の世界が知らない内に広がってしまったこと、いろいろな要因が重なった結果だ。
中途半端にしか関わることができなかった俺が悪い。

もっと、彼女の目に自分以外のものが入らないように、閉じ込めてしまえばよかったのかもしれない。それとも、世界が広がる手段、つまり、お金を与えないとか。外に出られないように、足を折ってしまうとか。

新しい彼女を見つけなくては。

俺は、仕事が休みの時に、出身大学に足を延ばした。大学内にいてもおかしくないようラフな服装をして、昼に学食に足を踏み入れる。
懐かしい日替わり定食を口にしながら、辺りを見ていると、奥の方の席で、女子学生数名が同じように昼飯を食べている。

その内の一人が、色白で、肩ぐらいの長さの内巻きカールの髪。女性らしい服装を身に着けて、友達に向かって笑っている。

俺はそれを見て、口の端が上がるのを必死でこらえた。

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