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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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#告白

【短編小説】束の間の幸せの中で

「なぁ。」 「なあに?」 私を下から見上げて声をかけられたから、私はその視線を正面から受け止める。 「お前、今幸せ?」 そう問いかけられると、直ぐには答えられなくて、躊躇っていたら、彼は穏やかな笑みを浮かべて、私に向かって口を開く。 「俺は、幸せ。」 躊躇いのない言葉に、私の目の前はぼやけていく。 「どうした?もしかして、感極まった?」 「・・自分でもよく分からない。」 こちらを揶揄うような表情を浮かべた後、彼は体を起こして、私の背中に手を回す。彼の手の温かさを

【短編小説】あの時、告白してなかったら

最寄駅前のカフェに入ったら、思っていた以上に客がいて驚いた。今の時刻は午前6時半過ぎ。大半は夜行バスで来た人が時間を潰しているんだろうと思う。 だが、その内、一人で過ごしている女性は、待ち合わせ相手の彼女しかいなかった。その横に立つと、彼女は手元の本から視線をあげて、自分を見上げる。 「ロミさんですよね?」 彼女は私の言葉にニッコリと笑んで応えた。 「そうです。はじめまして。幾夜さん。」 改めてコーヒーを頼みに行き、彼女の前の席に座る。 何と話を切り出していいか分か

【短編小説】せめて、声だけでも

意を決して発した言葉に、彼は浮かない顔を返した。 その表情を見て、自分の独りよがりだったかと、告白した事を後悔した。 私としては、それなりに好意を持ってもらえると思ってた。お互い理由があってという訳でもないのに、示し合わせて会って話を頻繁にしてたし、悩みを打ち明け合ったりとか、表面上の付き合いではなかったと思う。 少なくとも、私は彼と会うのは楽しかったし、できれば頻繁に言葉を交わしていたかった。別に言葉がなくても、側にいられるだけでよかった。 その為には、今までの友達の

【短編小説】仲介役は、自分に向けられた好意に気が付かない。

クラスメートの男子から、今回の件の顛末を聞かされた。聞きながら、そうだろうなと思った。毎回、私の予想を裏切ってくれないかなと思いつつ、それが叶えられたことはない。 どちらにせよ、結局、私の橋渡しは実らなかったわけで、私は彼に向かって「ごめんね。」と言った。彼はそれに対して、困ったような笑みを浮かべる。 私に謝られても困るだけだろうとは、分かっている。でも、力になれなかったことには謝っておかないと。相手は、「気にしなくていいよ。」と言って、寂しげな顔でその場を後にした。私は

【短編小説】その答えはきっとどこにもない。

私、杉本ハヅキが、学校近くの公園で、友達の葉山ミノリといつものように話をしていると、急に彼女が押し黙った。このところ、元気がないとは思っていたし、その理由も私は分かっていたが、あえて触れていなかった。 私は、手に持っていた缶のサイダーを飲みながら、ミノリが口を開くのを焦らずに待っていた。 「はーちゃん。」 「ん。何?」 「もう、卒業まで時間ないよね?」 「・・そうだね。」 彼女は私の言葉を聞いて、何かを追い出すかのように、頭を左右に軽く振った。手に持っていた缶のミルクティ

【連作短編】今日が誕生日の君に捧ぐ。Θ1

体の前に構えていたフルートから口を離す。 部活でいやって程演奏しているためか、安定して音は取れるようになってきた。やっぱり独学とは違う。 もし、彼女の前で演奏したら、その瞳をキラキラさせて聞き入ってくれただろうか。以前家に来た時に、初めて彼女の前でフルートを構え、音を出しただけでも、あんなに喜んでくれたのだから。 と思いつつ、もう彼女と会う機会は巡ってこないのだが。 僕はフルートをクロスで拭きながら、そう思った。 フルートを始めたのは、年の離れた姉の影響だった。姉は高校の

【短編】エイプリルフール

こんな日を理由にしないと行動に出せない自分は、情けない奴だと思っている。でも、少しでも自分の逃げ道を作っておかないと、と冷静に考えている自分もいる。 テーブルの上に、所狭しと置かれた総菜の数々。 仕事帰りに買ったものや、冷蔵庫に常備されていたものなど、一つ一つの量は少ないが、小皿にとって、テーブルに並べつくすと、かなり圧巻だ。 「明日は休みだし、ゆっくり飲めるね。」 グラスにビールを注いで、テーブルの前に座った未来は、俺の方を向いて、笑ってみせた。 「これ、全部食べ切れる

【短編】告白

今日こそ、告白する。 そう、決めてきたはずだった。 バイトが終わり、正社員の人が店内の明かりを消し、裏口の鍵を閉める。 皆、自転車に乗って、店の前で別れる。 いつもの、「暗いから気をつけて帰ってね。」の言葉掛けと共に。 俺は自分の学生寮に戻るように見せかけて、彼女が走らせる自転車の後を追いかけた。 夜中のせいか、彼女はかなり速い勢いで自転車を漕いでいる。 追いかけるのも一苦労だ。信号待ちしているところで何とか捕まえて、声を掛けた。 「前嶋さん!」 「あれ、富岡さん?どう

【短編】ラブレター

俺は、自分以外はいない部屋の中で、一人唸っている。 おかしくなったわけじゃない。 原因は分かっている。 テーブル代わりに使っているこたつの上に置かれた封筒。 既に封は切られている。 差出人欄にはフルネームのみ、美しい筆跡で書かれている。 数か月前まで、自分の教え子だった生徒の名前が。 俺は塾の講師をしている。塾と言っても個人塾レベルだ。 駅前にあって、通学帰りの高校生を集めて、大学受験対策として、国語、数学、英語等を教えている。俺の担当教科は数学だった。 さすがに数か月前