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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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#恋愛

【短編小説】プレリュード

別に何か用があったわけじゃない。 橋本は自分にそう言い聞かせる。 そこは、自分の実家からそう遠く離れていない場所で、歩いて15分くらいの距離。用がなければ、足を運ばないような場所。 目に入った光景に、橋本は思わず息をのんだ。 今歩いている道路、とはいってもかなり細く、車2台すれ違うのには、片方が止まらなくてはならないが。それを挟んで、住宅が立ち並んでいたはずだが、全て取り壊され、更地と化していた。 要するに、だだっぴろい空き地がずっと広がっている。 奥には、いわゆる

【短編小説】憧れと、恋愛と

部屋の扉を開くと、こちらに横顔を向けて、机に向かっている妹の美弥の姿があった。奨が入ってきたというのに、こちらには少しも目を向けず、ただ手元の紙の上で手が動いている。 奨は軽く息を吐くと、手元のドアを添えた手の甲で叩く。その音に、美弥はこちらを見て、軽く首を傾げた。 「扉を開ける前に、まずノックじゃないの?」 「ちゃんとした。答えはなかったけど。」 奨の言葉に、美弥は申し訳なさそうな表情に変わった。 「はは、ごめん。気づかなかった。」 「まぁ、いつものことだからい

【短編小説】あの時、告白してなかったら

最寄駅前のカフェに入ったら、思っていた以上に客がいて驚いた。今の時刻は午前6時半過ぎ。大半は夜行バスで来た人が時間を潰しているんだろうと思う。 だが、その内、一人で過ごしている女性は、待ち合わせ相手の彼女しかいなかった。その横に立つと、彼女は手元の本から視線をあげて、自分を見上げる。 「ロミさんですよね?」 彼女は私の言葉にニッコリと笑んで応えた。 「そうです。はじめまして。幾夜さん。」 改めてコーヒーを頼みに行き、彼女の前の席に座る。 何と話を切り出していいか分か

【短編】私と一緒に ♯2000字のホラー

正直に言う。俺は緊張していた。 恋人の家に足を踏み入れるのは初めてだ。 付き合ってから、もう1年以上も経っている。俺の家には何度も来てくれているのに、相手の家に呼ばれたことはなかった。 「あれ?そうだったっけ?」 自分がここに来るのは初めてだと口にすると、彼女は口元に手を当てて、記憶をたどるような仕草をしてみせる。その様子を見ると、自分以外の男は来たことがあるんじゃないかと勘繰ってしまう。 「その辺りに座って、楽にしてて。今、お茶入れるね。」 そう言って通されたワン

【短編小説】これは物語です。

他の人は退屈だと思うかもしれないけれど、私はこの時間が好きだ。 目の前の彼は、私のことはそっちのけで、目の前の紙の束に目を落としている。 この間、私が声をかけたとしても、店員が注文を取りに来たとしても、目を上げることなく、傍に置かれた珈琲に手を伸ばすことなく、彼はその文章を読み続ける。 まるで、私が作りだした世界に入り込んでしまったかのように。 何度もこの光景を目にしている私も、2人で会う度に当然のように来る、この喫茶店の店員も、それが分かっているので、彼の邪魔は決して

【短編小説】会わなくても、好きだけど。

私は、今付き合っている恋人に、一度も会ったことがない。 彼と知り合ったのは、SNSで、私が推していたアーティストのことを、彼も好きだったという、ただそれだけのことだった。コメントしてみたら、返事が帰ってきて、意気投合したというだけ。 その内、SNSだけでなく、電話でも話すようになった。話す内容は、徐々に広く深くなり、話す頻度も高くなった。その内に私の中では、彼の存在が大切で特別なものになった。 彼が本当のことを話しているのかなんて確かめられないし、もしかしたら全て嘘かも

【短編小説】愛してると口にして。

私は、事あるごとに、彼に言った。 「愛してると言って。」 「私は愛してる。」 最初は照れて口にすることを躊躇っていた人が、今では平然と、私に向かって、答えるようになった。 「僕も愛してる。」 「君こそ、愛してると言ってほしい。」 あまりにもお互い口にし過ぎて、もはや挨拶のようになっている。 「愛してる」と口にしたら、ありがたみが無くなるとか、軽々しく言う言葉ではないと、反論する人もいるかもしれないし、そんな言葉恥ずかしくて言えないとか、言葉にしなくたって態度で示せばい

【短編小説】気づかれないようにしてるけど愛してる。

遼生がスマホに目を向けながら、「木曜日、休みとったから。」と言った。その言葉に私は、洗い物から視線を上げて、彼の方を見たが、私に背を向けている彼は、もちろん気が付かない。 いつも、仕事バカの彼にしては、珍しいと思った。一応、私も休みを取ったほうがいいか聞いてはみたが、断られた。別に私と休みを過ごしたいわけでもないらしい。どこかに出かけるのかと聞いてみても、曖昧にはぐらかされた。 もしや、浮気でもしているんじゃないかと、疑念が浮かんだが、それなら休みを取ると私に言わなければ

【短編小説】仲介役は、自分に向けられた好意に気が付かない。

クラスメートの男子から、今回の件の顛末を聞かされた。聞きながら、そうだろうなと思った。毎回、私の予想を裏切ってくれないかなと思いつつ、それが叶えられたことはない。 どちらにせよ、結局、私の橋渡しは実らなかったわけで、私は彼に向かって「ごめんね。」と言った。彼はそれに対して、困ったような笑みを浮かべる。 私に謝られても困るだけだろうとは、分かっている。でも、力になれなかったことには謝っておかないと。相手は、「気にしなくていいよ。」と言って、寂しげな顔でその場を後にした。私は

【短編小説】僕たちは同じような事を考えてた。

自分しかいなかった部屋の隅に、いくつか段ボール箱が運ばれ、その持ち主が今日、こちらに向かって、ペコリと頭を下げた。 「これから、しばらく、よろしくお願いします。」 「・・気使わなくていいから。」 彼女は、僕の言葉を聞くと、顔をあげて、微笑んだ。 「本当にごめんね。芦田君しか頼れる人がいなかったの。」 「もう何度も聞いた。」 学生の時には、それなりにやり取りがあった彼女から連絡があったのは、一ヶ月ほど前の話。離婚することになった彼女が、次の仕事が見つかるまで、家に置いて

【短編小説】君は過去になっていない。

「お互いのことを懐かしいと思えるようになったら、また会おうね。」 そう言って、君は僕の前で、泣きそうな笑顔を見せるから。 僕は「そうだね。」と答えることしかできなかった。 あれから、もう大分経つのに、僕は君に連絡を取れないでいる。 君のことは、あの時から何度も思い返している。 一人で過ごしている時とか、君が好きな俳優をテレビで見かける時とか、君が好きな音楽を耳にした時とか。 実際、僕たちは恋人同士だったわけじゃない。 仲のいい友達だったというだけで、特別な関係にあった

【短編小説】私も恋愛というものをしてみんとてするなり。

「恋愛しなくても、人は生きていけるよね?」 と尋ねたら、目の前の彼は、嫌そうな顔をする。 きっと、また変なことを言い出したと思っているのだろう。 でも、私がそんな事を話せる相手は、彼しかいないのだから、話には付き合って欲しい。 「人生の必須要件ではないからね。」 彼は渋々といった様子で、私の質問に答えた。私の唇は弧を描く。何だかんだいって、彼はちゃんと私の質問に答えてくれる。 「なら、なぜ皆、付き合うだの、別れるだの、そういう話をして盛り上がるんだろう?」 「それは

【短編小説】人を好きになるって、どういう気持ち?

「ねぇ、結ちゃん。」 「なぁに?」 柵に囲まれた砂場の中で、可愛らしいエプロンを付けて、一心不乱に砂を掘っている女の子に向かって、私は山を作っている手を止めないようにしながらも、名を呼ぶと、彼女はこちらを大きな瞳で見つめた。 「好きな子はいる?」 「いるよ。りゅーくん。」 間髪を入れずに答えられて、私の方がしどろもどろになる。それでも、私は話を続けた。 「りゅーくんのどんなところが好きなの?」 「登り棒がうまくて、歌が好きで、とってもかっこいいの。」 結の顔が花開い

【短編小説】神の手

【短編小説】人は神の手を持っている 人間は皆、神の手を持っている。 誰でも何かしら生み出すことができる。 小説然り、絵画然り、料理然り、数え上げたら切りがないが、とにかく創造することができるのだ。 そういう自分は、拙いながら、小説を書いている。本業ではなく、趣味の領域を超えることはないが。 「なんで、そんなことをいつまでも続けているんだ?」 数少ない私の友人には、何度もそのように尋ねられている。彼らは、自分が、人を、自然を、そして、世界を、この手一つで生み出すのを羨ましく