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退屈な人生などない。自分次第です。


こんにちは、こうちゃんです。


今回の記事は「退屈な人生とは?」とは何かを自分なりに考えてみました。人生を生きる上で充実感があるかどうかは重要な議題と捉えています。


「最近、退屈だと感じるな。」と思っている方は人生100年時代において、死ぬときに後悔してしまう可能性があります。医療技術が発展して、人間の寿命は長くなっています。これは人類の歴史から見ても目まぐるしい進歩です。


しかし、目的なく日々を過ごしてしまうと、100年近い年数を生きることは苦痛や虚無感などに襲われることでしょう。そして、生きることに疲れてしまうことでしょう。


私は日々、「生きるとはどういうことか」を考えるにようにしています。というよりも、勝手に考えてしまうのです。将来のことは不安でいっぱいで、しっかりこれから自分の力で生きていくことができるのか、と自問自答する日々です。


そして、自分の軸をしっかり見つめなおして、どのような人生にしたいのかを重要視して過ごすようにしています。


ここで話を戻しましょう。「退屈な人生」を変える方法は何でしょうか?


私は、学び続ける心と、気づく力だと思います。


一つ目に私は学び続ける心が人生を豊かにしていくと思います。学び続けることに終わりはありません。死ぬまで一生勉強する、学び続けるということが大事です。私の尊敬する優秀な東大生が言っていた言葉があります。


「学問を学び続けることは自分という人間の小ささを知ることである。」


この言葉に私は感銘を受けました。この言葉が東大生から出てくるのです。日本で一番偏差値の高い大学に通っている学生が言った言葉なんです。あの東大生さえ、自分という人間がまだまだ無知であると言っているんです。


そして、学び続けると知らなかったことが理解できるようになるのでより学問を学ぶことが楽しくなるのです。つまり、我々は学び続けること、知らないことを知りたいと思える力が人生を豊かにするんだと確信を持てるようになりました。


私は勉学ができるほうではなかったです。というより、逃げてきた人間です。でも、大人になるにつれて、年を取るにつれて、もっと学ばなければならないと感じています。できないことができるようになるという感覚は人生において大切です。これは巡り巡って自信となって帰ってくるのです。


私はこの言葉を自分の座右の銘にしたいくらいです。退屈を感じている方はこれを機会に何か新しいことを学んでみてはいかがでしょうか?


二つ目は気づく力を鍛えよう!です。


皆さんは今生きていることに感謝していますか?普通に働けること、体が健康的に動くことを幸せに感じていますか?


今の人生に幸せを感じていない人は私は一生幸せなど訪れないと確信しています。これは普通に生きていて、人生に退屈と感じている方限定です。


そもそも、退屈な人生って何ですか?


幸せな人生とは何でしょうか?これは自分の軸が決まってないと答えは見るかりません。そこのない沼に足を付けるみたいなものでしょう。


好きな人と一緒に過ごして、自分のしたいことを行い、たまに親孝行をして、おいしい食事を食べて、睡眠を運動を行える日常。これがどれだけ幸せなことなのかに気付くことができないと生きることに苦しむでしょう。


要は自分の感受性の問題です。日々のちょっとしたことに幸せを感じることができる人は人生を前向きにとらえ、充実した毎日を送ることができるでしょう。


それでも、もっと自由に生きたいと考える人は自ら動き、稼ぎ、事業を起こして、自分の将来のビジョンを達成できるように行動するでしょう。行動しているときは、後先考えずに目の前のことに集中しているでしょうから。そのような生き方もあるでしょう。私も自由のためなら今を犠牲するでしょう。


気づく力を鍛えることは間違いなく人生を豊かにします。上を見ればきりがないし、下を見れば見栄を張るだけです。他人の目線で生きるのではなく、自分軸で考えて、自分がどのように過ごしたいのかを常に考えることが人生においては大切なことではないのかと思います。


私も20年ちょっと生きただけです。まだまだ、勉強不足です。皆さんよりも遅れているんです。学ぶことをおろそかにしてはいけません。知的好奇心を常に刺激して、どん欲に人生を謳歌したいと思います。


無知の知ですね。


今回の記事は以上になります。今日は日記のようなブログになってしまいましたが、感じたことをそのまま赤裸々に記しました。何年後かにこの記事を見返したときに自分をほめてあげられるように今を頑張っていきたいと思います。


皆さん、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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