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「怪獣」という言葉はいつから使われているか

緒言

「怪獣」と聞いて何を思い浮かべますか? 「東宝三大怪獣」として知られるゴジラ、モスラ、ラドンが本命かもしれません。あるいは、円谷プロの「ウルトラシリーズ」に登場する個性豊かな怪獣も候補に挙がるかと思います。

では、「怪獣」は辞書でどのように説明されているのでしょうか。「怪獣」という言葉が初めて(日本の文献で)使われたのはいつのことでしょうか。東宝三大怪獣の名前は出てくるのでしょうか。答えはこのあとすぐ。

「日本国語大辞典」による語釈

最初に用例が豊富な「日本国語大辞典」第二版(以下「日国」)の語釈を示します。

正体不明の不思議なけもの。常識では考えられない能力をもっていたり、行動をしたりする動物。
*玩鷗先生詠物雑体百首(1794)高野山行送沙門良深帰木師「維昔蓁棘塞₂其道₁、怪獣成㆑郡不㆑易攀」(引用者注:下付きのアラビア数字は「一二点」、"㆑"は「レ点」を表す。)
*読本・椿説弓張月(1807-11)続・四四回「いと軟弱と見えたる怪獣(クヮイジウ)、奮然として怒れる形勢(ありさま)、眼は百煉の鏡に朱を沃げるごとく、牙は千口の劔を逆に栽たるごとく」
*夜行巡査(1895)〈泉鏡花〉一「角燈あり、南をさして行く。其光は暗夜に怪獣(クヮイジウ)の眼の如し」
*明暗(1916)〈夏目漱石〉三三「広い谷を隔てて向に見える小高い岡が、怪獣(クヮイジウ)の背のやうに黒く長く横たはってゐた」
*司馬相如-封禅文「囿₂騶虞之珍群₁、繳₂麋鹿之怪獣₁」

驚いたことに、示されている用例で最古のものは江戸時代に書かれていました。この文献が日本における熟語「怪獣」の初出であるとのことです。

画像リンク『玩鴎先生詠物雑体百首』、1794年、21ウ。 

さらには、泉鏡花や夏目漱石といった文豪も作品の中に「怪獣」という言葉を使っていたとは知りませんでした。

青空文庫リンク「明暗」「夜行巡査」 

「学研国語大辞典」による語釈

もう一つ、実例が書かれている「学研国語大辞典」(以下「学研」)を見てみましょう。

①正体のわからない(大きな)けもの。
「(大型ノ輸送トラックハ)なんだか自分自身の意志をもつ生命ある怪獣のように見えた〈北・夜と霧…〉」「ネス湖の怪獣」
(類)珍獣
②〔人間が想像してつくりだした〕巨大で不気味な形の動物。ゴジラ・モスラなど。「怪獣映画」

最初の実例は、北杜夫『夜と霧の隅で』(1960)の冒頭部分です。「怪獣」の行を含む最初の段落を引用します。

 たちこめた夜霧のせいばかりではなかった。その大型の輸送トラックは闇の中にくろぐろとうずくまり、なんだか自分自身の意志をもつ生命ある怪獣のように見えた。少なくともそれがどこへ行き、いま乗せられつつある子供たちの運命がどうなるかを知っている者には、まるでそいつがあんぐりと口を開け、次々と小さな柔らかな肉塊を呑み込んでいるように見えた。

恐ろしい描写ですね。闇の中に潜んで子どもたちを食べてしまうようだなんて。ここでの「怪獣」は閑話で紹介する用例とはギャップがありますね。

「ゴジラ」以前の辞書

さて、「学研」で2種類に分けられた語釈は示唆的であると言えます。1つ目は「日国」にも書かれていた「正体不明のけもの」、もう1つはフィクションにおける「巨大な動物」です。古い辞書には前者の意味しか載せていないのではないかと考え、いくつか見てみました。(辞書名は太字、後ろの括弧は初刷発行年)

辞苑(1935)

怪しい獣。不思議な獣。

明解国語辞典 初版(1943)

あやしい獣。

言林(1949)

ふしぎな獣。

明解国語辞典 改訂版(1952)

あやしいけもの。

辞海(1952)

ふしぎなけもの。見なれない怪しい獣。奇獣。

三省堂国語辞典 初版(1960)

あやしいけもの。

角川国語辞典 改訂版(1961)

あやしいけもの。ふしぎなけもの。(同)奇獣。

新潮国語辞典(1965)

不思議なけもの。見なれない、変わったけもの。奇獣。

広辞苑 第二版(1969)、第三版(1983)、第四版(1991)

あやしいけもの。不思議な獣。

岩波国語辞典 第二版(1971)

これまで見たこともない、あやしげな動物。一種かわった動物。

講談社国語辞典 改訂増補版(1972)

えたいの知れない、あやしいけもの。

広辞林 第五版(1973)

正体の知れない獣。気味の悪い獣。

岩波国語辞典 第四版(1986)

正体のわからない、あやしい動物。

「あやしい」がひらがなか漢字か、「獣(けもの)」か「動物」か、などの細かい違いはありますが、おおむね漢字をそのまま分解したような語釈になっています。時代に関しても、1972年より前に複数の意味を載せた辞書は見つかっていません。

ただし、新しい辞書でもこのシンプルな語釈した載せていないものもあるため、1種類の語釈=古い辞書という構図は成り立ちません。(スペースの都合とか色々あるんです、きっと。)

閑話 えっ、これも怪獣?

フィクションとしての怪獣に移る前に、面白い用例を見つけたので紹介します。先の語釈の用例を載せた辞書のほとんどが先の「学研」のように「ネス湖の怪獣」つまりネッシーを挙げていました。「ベネッセ新修国語辞典」を除いては。この辞書に記載されている2種類の語釈のうち1番目のみ引用します。

①えたいの知れないけもの。「ツチノコという怪獣がいる」

ツチノコって怪獣だったんですね。これからは怪獣と言われたらツチノコを連想しようと思います。

「ゴジラ」の出現後

1954年に公開された映画『ゴジラ』のヒット以降、「怪獣」という語は第二の意味を持つようになったと思われます。すなわち、映画・テレビ・漫画などに登場する想像上の動物です。調べた中では、「新明解国語辞典」(以下「新明解」)が最も早く取り入れていました。初版から最新第八版までの語釈の変化を見ていきましょう。

新明解国語辞典 初版(1972)、第二版(1974)、第三版(1981)

①正体の分からない、怪しい獣。
②化石時代にすんでいた爬虫類などにヒントを得て漫画・映画・テレビなどで創作された、不気味で大きな動物。

新明解国語辞典 第四版(1989)、第五版(1997)

①正体の分からない、怪しい獣。
②化石時代にすんでいた爬虫類などにヒントを得て漫画・映画・テレビなどで創作された、不気味で大きな動物。[かぞえ方]①②とも一匹

新明解国語辞典 第六版(2005)

①正体不明の、恐ろしげな獣。
②化石時代にすんでいた爬虫類などにヒントを得て漫画・映画・テレビなどで創作された、不気味で大きな動物。[かぞえ方]①②とも一匹

「新明解」は固有名詞をあまり示さない方針なので後で引用する最新第八版でも「ゴジラ」の名前は出てきません。その代わりに(?)第七版から用例に「怪獣映画」が加わりました。

新明解国語辞典 第七版(2012)

①正体不明の、恐ろしげな獣。
②化石時代の爬虫類などにヒントを得て、漫画・映画・テレビなどで創作された、不気味で大きな動物。「怪獣映画」[かぞえ方]①②とも一匹

新明解国語辞典 第八版(2020)

①正体不明の、恐ろしげな獣。
②化石時代の爬虫類などにヒントを得て、漫画・映画・テレビなどで創作された、不気味で大きな動物。「怪獣映画」[かぞえ方]①②とも一匹・一頭

次に、「怪獣映画」のみを用例に記している辞書を列挙します。

新潮現代国語辞典(1985)

①正体不明で不思議な獣。
②〔俗〕漫画・映画・テレビなどに登場する空想上の怪奇な動物。「怪獣映画」

大辞林 初版(1988)、第四版(2019)

①怪しいけもの。正体のわからないけもの。
②太古に栄えた恐竜などをモデルに創作された、超能力を持つ動物。「怪獣映画」

旺文社国語辞典 第十一版(2013)

①得体の知れない不思議な獣。
②恐竜などからヒントを得て、映画・テレビ・漫画などで創作された架空の動物。「怪獣映画」

集英社国語辞典(2000)

①正体不明の不思議なけもの。
②子供向けのテレビ・映画などに登場する、実際にはありえない架空の動物。「怪獣映画」

大辞泉 第二版(2012)

①正体の知れない不思議な動物。
②多く恐竜に模して創作した、巨大な動物。「怪獣映画」

「広辞苑」の第六版以降では「怪獣映画」についての詳しい説明を見ることができます。(第五版はまだ確認できていません。)

広辞苑 第六版(2008)、第七版(2018)

①あやしいけもの。正体不明の不思議な獣。
②映画・漫画などで、恐竜などをもとに創作した、特別な力を持つ生き物。
怪獣映画 怪獣を主役とする娯楽アクション映画。特撮・SFXを多用。1933年作の「キング-コング」に始まり、「ゴジラ」以降世界的に盛んとなる。

具体例として「キング-コング」そして「ゴジラ」が出てきました。やはり「ゴジラ」の影響力は大きかったのでしょう。遡って、「ゴジラ」が確認できたのは「角川国語中辞典」(以下「角川中」)が最初でした。

角川国語中辞典 初版再版(1973)

①怪しげな、正体のわからない獣。
②古生代に棲息した爬虫類などにヒントを得て創作された、不気味な形をした想像上の獣。ゴジラ・ラドンなど。

ここで東宝三大怪獣のうちの2匹、ゴジラとラドンが同時に登場しました。モスラが含まれていないのは爬虫類ではないからでしょうか。

明鏡国語辞典」(以下「明鏡」)ではラドンが外されてガメラが割り込みます。

明鏡国語辞典 第三版(2021年)

①正体不明の不思議な動物。
②恐竜などからヒントを得て創作された、特別な能力を持つ巨大な動物。ゴジラ・モスラ・ガメラなど。

どのような基準でこの3匹が選ばれたのか、とても気になるところです。公開時点(2021年7月22日)で東宝三大怪獣が全て載っている国語辞典は確認できていません。

最後に「三省堂国語辞典」(以下「三国」)の語釈を紹介します。

三省堂国語辞典 第四版(1992)、第五版(2001)、第七版(2014)

①ぶきみな感じの大きなけもの。
②漫画(マンガ)・映画・テレビなどで作り出した、ぶきみで大きな動物。「怪獣ゴジラ・怪獣ママゴン〔=子どもに対して強い勢力を持つ母親のたとえ〕」

初版(1960)ではシンプルな語釈だった「三国」が独自性を発揮してきました。「ママゴン」が載っている辞書は調べた限り「三国」だけでした。もっとも、「ウルトラマン」を辞書に載せた実績もありますので、さもありなんという印象も受けます。流石の「三国」も「ママ」の用例としては「ママゴン」は書いていませんでした。

結言

「怪獣」の辞書的な説明としては、大きく2つに分けられることがわかりました。第1に漢字をそのまま分解しただけの「怪しい獣」。第2に映画・アニメ・マンガなどフィクションにおける存在です。

具体的な名前を記載している辞書すべてが「ゴジラ」の名を挙げているのは注目に値すると思います(「三国」、「広辞苑」、「学研」、「明鏡」、「角川中」、「学研現代新国語辞典」、「三省堂現代新国語辞典」、「見やすい現代国語辞典」)。ゴジラの影響力がよく分かります。

「新明解」は2種類の意味を併記していたものの、「三国」の「ママゴン」に比べると普通に見えてしまいます。(こんなことを言っては失礼ですね)

ところで、「〜ゴン」という名前はやはり「カネゴン」(1966年)に由来するのでしょうか。こればかりは国語辞典では分かりそうにありません。

追記:2021年10月3日の「【第200回】声優うのちひろが新明解国語辞典を読む。あの声で」において、教育評論家である阿部進さんの「カバゴン」(1962年)の方が先であるという知見を得ました。

謝辞 

題材を提供いただいたイラストレーターの開田裕治先生とclubhouseのルーム「声優うのちひろが新明解国語辞典を読む。あの声で」の主、うのちひろさんに感謝申し上げます。

引用元・参考文献

上で引用しなかったものも含めて列挙する。辞書は初刷出版の年代順
言林 全國書房
昭和廿四年(1939)版(1949年3月10日發行)

明解国語辞典 三省堂
初 版(1943) 第10刷(1947年4月5日発行)
改訂版(1952) 第10刷(1953年11月25日発行)

辞海 三省堂
初版(1952) 第5刷(1953年12月20日発行)

三省堂国語辞典 三省堂
初 版(1960) 新装版 第20刷(1971年1月20日発行)
第四版(1992) 第13刷(1996年2月10日発行)
第五版(2001) 第9刷(2004年1月10日発行)
第七版(2014) 第6刷(2020年2月10日発行)

角川国語辞典 角川書店
改訂版 初版 第1刷(1961年3月5日発行)
新 版 初版(1969) 第284刷(1982年1月20日発行)

新潮国語辞典 新潮社
初版 第1刷(1965年11月30日発行)

広辞苑 岩波書店
第二版(1969)補訂版(1976) 第5刷(1980年9月20日発行)
第三版 第1刷(1983年12月6日発行)
第四版 第1刷(1991年11月15日発行)
第六版 第1刷(2008年1月11日発行)
第七版(2018) 第4刷(2021年2月15日発行)

岩波国語辞典 岩波書店
第二版(1971) 第5刷(1974年6月20日発行)
第三版(1979) 第4刷(1982年10月25日発行)
第四版(1986) 第6刷(1990年11月8日発行)
第七版 第1刷(2009年11月20日発行)

正体の分からない、あやしい動物。▷架空の大きな動物についても言う。

第八版 第1刷(2019年11月22日発行)

①正体の分からない、あやしい動物。
②(映画やアニメなどに登場する)巨大で特別な力を持つ、架空の生き物。

新明解国語辞典 三省堂
初 版(1972) 特製版第1刷(1972年4月1日発行)
第二版(1974) 革装第1刷(1975年3月10日発行)
第三版(1981) 第41刷(1986年9月1日発行)
第四版(1989) 第36刷(1997年1月20日発行)
第五版(1997) 第23刷(2000年12月1日発行)
第六版(2005) 第18刷(2009年11月20日発行)
第七版(2012) 第5刷(2016年1月10日発行)
第八版(2020) 革装第1刷(2021年1月10日発行)

講談社国語辞典 講談社
改訂増補版(1972) 第7刷(1976年12月1日発行)
デスク版 第二版   第1刷(1992年1月20日発行)

広辞林 三省堂
第五版 第1刷(1973年4月1日発行)

角川国語中辞典 角川書店
初版(1973) 初版再版(1974年12月20日発行)

学研国語大辞典 学研
初版(1978) 第2刷(1978年7月1日発行)

国語大辞典 小学館
初版(1981) 第5刷(1982年1月25日発行)
同      第8刷(1982年2月27日発行)

正体不明の不思議なけもの。常識では考えられない能力をもっていたり、行動をしたりする動物。

新潮現代国語辞典 新潮社
初版(1985) 第7刷(1995年5月20日発行)

言泉 小学館
初版(1986) 第2刷(1987年1月1日発行)

正体不明の不思議なけもの。「ネス湖の怪獣」「謎の大怪獣」

大辞林 三省堂
初 版(1988) 第17刷(1990年3月20日発行)
第三版 第1刷(2006年10月27日発行)
第四版 第1刷(2019年9月20日発行)

日本語大辞典 講談社
初 版(1989) 第10刷(1991年6月18日発行)
第二版(1995) 第5刷(1997年9月2日発行)

えたいの知れない、あやしい動物。

大辞泉 小学館
増補・新装版 初版 第1刷(1998年11月20日発行)

集英社国語辞典 集英社
第二版 第1刷(2000年9月18日発行)

日本国語大辞典 小学館
第二版第3巻(2001) 第7刷(2009年5月31日発行)

学研現代新国語辞典 学研プラス
改訂第六版小型版 第1刷(2017年12月19日)

①正体のわからない(大きな)動物。「ネス湖の怪獣」[類語]珍獣
②人間が想像してつくりだした、巨大で不気味な動物。「怪獣ゴジラ」

新選国語辞典 小学館
第九版<2色刷>(2011) 第9刷(2018年1月20日発行)

①正体の知れない、あやしいけもの。
②恐竜などに似せて作った架空の動物。

ベネッセ新修国語辞典 ベネッセコーポレーション
第二版(2012年) 第6刷(2018年2月発行)

①えたいの知れないけもの。「ツチノコという怪獣がいる」
②テレビや漫画などに出てくる、異様な姿で特別の能力をもつ架空の動物。

旺文社国語辞典 旺文社
第十一版小型版(2013年11月16日)
重版発行(2019年)

三省堂現代新国語辞典 三省堂
第六版 第1刷(2019年1月10日発行)

①正体のわからない不気味なけもの。「ネス湖の怪獣」
②おどろくべき能力と奇怪な姿をもつ、空想上の動物。「怪獣ゴジラ」

見やすい現代国語辞典 三省堂
第1刷(2010年) 第9刷(2020年4月1日発行)

①正体のわからない不気味な獣。「ネス湖の怪獣」
②驚くべき能力をもつ、空想上の動物。「怪獣ゴジラ」

常用国語辞典 学研
第五版 第1刷(2020年9月8日発行)

正体の知れない、巨大なけもの。monster

旺文社標準国語辞典 旺文社
第八版 第1刷(2020年12月4日発行)

①正体不明の怪しいけもの。
②恐竜に似せて考え出された大きな動物。

学研現代標準国語辞典 学研
改訂第四版 第1刷(2020年12月8日発行)

①正体のわからないあやしい動物。[例]ネス湖の怪獣。
②異様な姿をしていて不思議な能力を持つ、空想上の動物。[例]怪獣映画。

明鏡国語辞典 大修館書店
第三版 第1刷(2021年1月1日)

例解新国語辞典 三省堂
第十版 第1刷(2021年2月10日発行)

異様なすがたをした動物。異様なすがたと独特の力で人間に脅威をあたえながらも、親しまれている、架空の動物。

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