膝枕外伝 落語『殿様と膝屋』

はじめに 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の2次創作です。新美南吉作『王さまと靴屋』に膝入れしました。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

本編(パターン1)

語り「え〜、人の上に立つ人間というものは、自分のことを部下がどう思っているのかということが気になるというものでして。まあ直接聞いたところで本音を言ってくれるかは分かりませんけれども。規模が大きくなりますと、内閣支持率なんかの電話調査をしまして、支持率が上がった・下がったなんてことがニュースになるわけですが、昔はそうはいきませんで。民の考えを拾うというのは、大変に難しいことでございますが……」

殿様「明けましておめでとうございます。父上におかれましては、末長くご健在でいらっしゃることを喜び申し立てまつり……」

「使い慣れない言葉を使おうとするから、変になっているではないか。新年早々、隠居したわしを訪ねてきたのだ。何か相談があるのだろう」

殿様「さすがは父上、なんでもお見通しでいらっしゃる。実は、領民が私のまつりごとにどう思っているのかを知りたいと思いまして」

「それなら、領民に直接聞くのが一番であろう」

殿様「しかし、易々と本音を言ってくれるでしょうか」

「さすれば、身分を隠していけばよい。わしにも同じ経験があるから、役に立つかもしれんぞ」

殿様「ぜひ聞きとうございます」

「わしがまだ若かった頃の話だ。貧乏人の格好をして、城下町へ行ったことがある」

殿様「共をつけずにでございますか」

「もちろん、誰にも秘密じゃ。天守から見ているだけではわからないことが、見てとれるな」

殿様「例えば、どのようなことでしょうか」

「領民の会話では日々の生活のことが話題にのぼる。捨てられているゴミからも生活水準を推し量ることが可能だ」

殿様「しかし、そんなことをすれば怪しまれるのでは」

「だから変装をして行くと言っておろう。まあよい。町には小さな膝屋が1軒あってな、おじいさんがせっせと膝枕をこしらえておった。わしは膝屋に入って聞いた。『これこれ、じいや、そのほうは何という名前か』」

久五郎「人に物を聞くなら、もっと丁寧にいうものだよ」

「これ、名前はなんと申すぞ」

久五郎「人に口をきくには、もっと丁寧にいうものだというのに」

「なるほど。この者の言う通りだ。そなたの名前を教えておくれ」

久五郎「わしの名まえは、久五郎だ」

「久五郎よ、内緒の話だが、おまえはこの国の殿様はばかやろうだと思わないか」

久五郎「思わないよ」

「それでは、小指の先ほどばかだとは思わないか」

久五郎「思わないよ」

「『そうか、どうしても思わんか。』わしは懐から包みを取り出して久五郎の膝に乗せてこう言った。『ここに、130両ある。もしお前が、殿様は小指の先ほどばかだと言ったら、この130両をやろう。誰も他に聞いてやしないから、大丈夫だよ』」

久五郎「この国の殿様がばかだと言えば、これをくれるのかい」

「久五郎は、金づちをもった手をわきにたれて、膝の上の130両を見ておった。わしは揉み手をしながら、『うん、小さい声で、ほんのひとくちいえばあげるよ』と言った。すると久五郎は、やにわに金貨をひっつかんで床の上にたたきつけた」

久五郎「さっさと出てうせろ。ぐずぐずしてるとぶちころしてしまうぞ。不忠者めが。この国の殿様ほどご立派なお方が、世界中にまたとあるかッ」

「そう言って、もっていた金づちをふりあげた。わしは慌てて店を飛び出したが、そのとき、ひおいの棒にごつんと頭をぶつけて、大きなこぶをつくってしまった。これがその時のこぶの跡だ」

殿様「はあ、『ばかだとは思わないか』と、こう聞くわけですね。一度父上相手に練習を……」

「練習して身に付くものじゃないんだよ。くれぐれも、家臣たちには気づかれないように出て行くのだぞ」

語り「それから数日後、殿様は家臣たちの目をかいくぐって城下町へ出かけて行った」

殿様「膝屋はここだな……これはまたボロボロだね。看板なんか傾いて、今にも落ちそうだよ。店先の棚にも飾ってある膝もないし。誰かいるのかな。いるよ。こんな昼間から酒なんか飲んじゃって」

久蔵「そこに誰かいるのか。ここには売る膝はないよ。冷やかしならけぇんな」

殿様「いや、冷やかしじゃぁないんだけども。えー、なんだ、じいや、そのほうは何という名前か」

久蔵「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ってもんだろ」

殿様「酔っててもそこはちゃんとするんだ。名前、考えてなかったな。正直に名乗るわけにはいかないし……えーと、わしは……周作という者だ。名前はなんと申すぞ」

久蔵「俺はひらどうだよ(酔って呂律が回らない)」

殿様「そなたの名前を教えておくれ」

久蔵久蔵ひさぞうって言ってんだろ。酔っ払いだと思っておちょくってんじゃねぇぞ」

殿様「やけに威勢のいい酔っ払いだね。だが職人というのはこれくらいでなきゃいかん。久蔵よ、内緒の話だが、おまえはこの国の殿様はばかやろうだと思わないか」

久蔵「ばかやろうだね」

殿様「それでは、小指の先ほどばかだとは……あんだって?」

久蔵「ばかやろうだと思わないかって聞かれたからばかやろうだって答えたんだ。それでなんか文句あるか」

殿様「それじゃ話が続かないんだよ。思わないって答えてくれないか」

久蔵「変な人だね。思わないよ」

殿様「それでは、小指の先ほどばかだとは思わないか」

久蔵「小指の先どころか、全身ばかだね。ばか殿だね」

殿様「だからそれでは困るんだ。今は思わないって答えてくれればいいから」

久蔵「思わないよ」

殿様「そうか、どうしても思わんか」

久蔵手前てめぇが思わないって答えろって言ったんじゃないか」

殿様「ここで包みを取り出すんだな。(咳払い)ここに、130両ある。もしお前が、殿様は小指の先ほどばかだと言ったら、この130両をやろう。誰も他に聞いてやしないから、大丈夫だよ」

語り「——と言いながら久蔵の膝に置くつもりが、かたわらの膝枕に置いてしまった——」

久蔵手前てめぇ俺の大切な膝枕に何置いてんだ! ぶち殺してやる!」

語り「殿様は慌てて膝屋の店から飛び出した。飛び出すとき、玄関の膝につまづいて転んでしまった。その衝撃で屋根にかけてあった看板が落ちてきて、殿様の頭に直撃した」

殿様「ああ、わしの治世はお先真っ暗」

あとがき

お読みいただき、ありがとうございました。『王さまと靴屋』の中の「王さまは、金の時計をポケットから出して、じいさんのひざにのせました」というところからリクエストをいただきました。

落語にした経緯ですが、靴屋を膝屋に置き換えたことが関係しています。膝屋が出てくる話といえば、そう『膝浜』です。王さまのままでもいいんですが、『膝浜』の設定をいただいて殿様にしてみました。

「本編(パターン1)」としているのは、いろいろ妄想が膨らみすぎて全てを入れられなかったので、サゲは変えずに何パターンか作ってみることにしたからです。他のパターンは鋭意執筆中です。

2024年1月13日 パターン1公開。膝開き。
2024年1月17日 おもにゃんさん、こたろんさんが読んでくださいました。ありがとうございました。(11:40〜、29:30〜)


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