デザイン思考×アート思考=?
多摩大学大学院グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021から(1)
ビジネス思考の賢者たちが語る未来
今、私たちは「ポスト・ウィズ・コロナ」といった伝染病の推移だけをみて一喜一憂していられない時代を生きることになった。なぜか。
100年前の世界と同じく(つまりスペイン風邪だけでなく)、劇的なテクノロジーの変化(視覚メディアと航空機の登場)、政治的緊張(ドイツの台頭)など、その後の大恐慌から世界大戦まで至ったような激変の渦中にあるからだ。これまでとはまったく異なる視点で生活、ビジネス、社会、経済、環境危機などを考えねばならない。そこで起きているのはまさにイノベーションの日常化の要請だ。
かつてビジネススクールで採用されていたカリキュラム(たとえば特定の業界内の競争戦略、ヒエラルキー組織を前提とした組織論やリーダーシップ論)などは事実上陳腐化していると言われている。
こうした認識から、筆者が席を置く多摩大学大学院MBA(TGS)では、世界をリードする重要なビジネスやイノベーション思考家、注目すべき「賢者」を授業に招いてネットワークを構築し、いわばセンサーを張っている。
2021年の夏から秋にかけて、グローバル・フェローを招き、デザイン思考、イノベーション思考、未来思考について最近の考えを語ってもらった(グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」シリーズ 6月-11月 計5回)。彼らに加え、筆者の授業で招聘した識者・専門家の視点も合わせ、彼らの知見の一部を紹介したい。
デザイン思考とアート思考
デザイン思考が重要なのは、多くの業界に広がっている有用(便利)な手法という理由からだけじゃない。リーンスタートアップやアジャイル開発などとともに、従来の「計画主義的(ウォータフォール型)」アプローチとは異なるパラダイムを代表している。つまり、顧客に密着しながら試行錯誤を繰り返す、協業型の、イノベーションの時代の、つまり、知識創造の方法論・手法なのだ。
多摩大学大学院は日本のビジネススクールの中でいち早くデザイン思考教育を採り入れてきた。今後ますますデザイン思考が重視される事は言うまでもないが、従来のデザイン思考を批判的にとらえ進化していく必要がある。
最近はデザイン思考を「補う」ものとして「アート思考」などという言葉も生まれているが、元をただせば人間の持つ美的な想像力や造形力、構想力がかたちをかえてきたものだ(参考:紺野登の構想力日記#14 デザイン〈の〉思考【2】デザインがアートを創造するまで)。ではいま世界ではどんなデザイン思考の展開が起きているのだろうか。
「With/After コロナ時代におけるデザイン思考の役割と可能性」
クリスター・ヴィンダル=リッツシリウス氏(当日は風邪気味でした)
さて、このシリーズの第一回目はデザイン思考の未来について、カオスパイロット(KAOSPILOT) のCEO、クリスター・ヴィンダル=リッツシリウス氏にデンマークから参加してもらった。カオスパイロットはデンマークのクリエイティブ・リーダーシップとアントレプレナーシップの学校であり、世界が注目する存在だ。以前はハイブリッド・ビジネス・デザインスクールを打ち出しており、デザイン思考は中核的な思考だ。デザイン思考は、米国西海岸と欧州ではやはり違うし、デザイン思考だけでビジネスやイノベーションができるわけでもない。
クリスターはこう言う。「カオスパイロットは、世界は変化しているという考えに基づいて設立されました。当時北欧にある他のビジネススクールのほとんどは、異なる前提で設立されていました。それは、世界を理解し、計画を立てることができ、もっと学び、その後、より良い分析を行い、より良い戦略的計画を立てることができるというものでした。」
「私たちはどんな問題でも同じように解決するのではなく、多様な方法で問題にアプローチできるツールや考え方を提供することを教えています。個々の問題を評価して、それにアプローチする方法を見つけるのです。」
そしてそれには図に示すような複数の思考法を活用すべきだと言う。それぞれに特徴がある。「世界にはさまざまな見方があり、どちらの見方をするかによって、異なる世界が見えてくるのです。」
(この表はクリスター・ヴィンダル=リッツシリウス氏の資料をLaereの大本 綾さんが和訳したもの)
「たとえばカオスパイロットのあるオーフス市とコペンハーゲンを繋ぐ高速列車の開発を例に挙げましょう。列車を高速化して生産性を高めようと考えるのは実証主義的・計画的な思考です。デザイン思考であれば列車の速度の問題ではなく、利用者がいかに列車を活用できるか、彼らの知的な生産性を問題にするでしょう。3時間かかっていた旅を15分短くすることよりもコーヒーを提供することの方が大事だったかもしれません。」
このように複数の視点からデザイン思考にアプローチする目的は、生徒に世界について違った考え方をしてもらうことだという。つまり、「ある問題に対する自分自身の自然な反応は何か」ということを自覚させることだという。実はこういった考えは、教育の未来にも結びつくものだという。その根幹にあるのは個々人の内なる創造性を発揮させることだ。
世界と自分との関係を発見しよう
この点において、一般的に広がっているデザイン思考とはスタンスが違っているように思われる。もちろんこれまでのデザイン思考でも創造性は重視されてこなかったわけではないが、どちらかというとワークショップなどでの手法や手順が中心で、この点は批判されていた。そこでそれを補うものとして「アート思考」などが言われ始めてきた。しかし、これも同じように「◯◯思考」となると結局手法や手順のようになってしまう危険もあるだろう。
カオスパイロットの場合は、まず「個がありき」であり、いったん手法や手順を並べておいて、自分自身の内省的な世界の見方を持つことを重視する。その上で複数の思考法から問題にアプローチする。何がなんでもデザイン思考、それがダメならアート思考、といった手法だのみの発想ではない。これが彼らなりの原点、クリエイティブリーダーシップのための「デザインとビジネスのハイブリッド」に繋がっているのだ。
あらためてカオスパイロットが注目されている背景は何か振り返ってみた。いま世界でリーダーの創造性や社会的能力の育成が関心を集めている。それは単なる会議やイベントでのファシリテーター的能力でなく、人々の深い創造性を引き出す力だ。会社や組織のために働くための人材採用や育成でなく、世界を変える人材を会社や組織がいかに活用できるかの能力が問われている。この種のリーダーシップは従来型の英雄型リーダーや、エリートのものではない。したがってカオスパイロットのデザイン思考とは、多角的な視点から世界をみる人間の思考だといえるだろう。
なお同氏のレクチャーは下記日時で開催された。
2021年6月24日(木)20:00~21:00
「With/After コロナ時代におけるデザイン思考の役割と可能性」
[メインスピーカー]クリスター・ヴィンダル=リッツシリウス(カオスパイロット CEO)
カオスパイロットはデンマークのクリエイティブリーダーシップとアントレプレナーシップのためのスクール。多くのメディアにも採り上げられており、多摩大学大学院はじめ国外でもプロフェッショナルプログラムを提供している。根底には、表層的な手法やプロセスではない、混沌とした時代を創造的に生きるためのデザイン思考メソッドがあり、体験的プログラムを特徴としている。
[ゲスト]大本 綾 (株式会社Laere共同代表)
大本綾氏は日本人初のカオスパイロット卒業生であり、日本とデンマークを繋ぎ人材育成教育を行なっている。
[パネリスト]紺野 登(多摩大学大学院 教授)
[モデレーター]河野 龍太 (多摩大学大学院 教授)
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