見出し画像

まちのコミュニケーションジム②−1「トレーニングの始まり」

(最初から読みたい方はこちら)

(前回から読みたい方はこちら)

一週間後、由成は再び正倫のジムを訪れた。

カランコローン……
「ごめんくださーい」
今日も扉のドアチャイムは元気よく鳴り響く。

「いや、ごめんは売ってないんすよー」
「じゃあ何なら売ってますか?」
「あっ、すみません(笑)」
「ふふっ、今日は返しを考えてきました」

「一週間、元気にしてましたか?」
「はい、ちょっと希望が見えた気がして、今週はがんばれました」
正倫がコーヒーを淹れる間は、何気ない会話が流れた。
緊張をほぐすには、こういう雑談がありがたいと由成は思った。
今日はきっと、たくさん頭を使うはずだから。

「由成さんは、この一週間どんな工夫をしてましたか?」

「いや、まだ何も教わってないので、特に何も」
差し出されたコーヒーに砂糖を加え、由成はすっかりリラックスしていた。
正倫は会話を続けながら、ワークシートやペンを取り出した。

「さあ、今日は何から始めていきましょうか」
「よろしくお願いします」
……少しずつ、緊張感が高まっていく。

「ちなみにこの一週間、職場で何か感じたことや変化はありました?」
「……? いえ、職場はいつも通りでしたが」

コーヒーを淹れ、
ワークシートを並べ、
ペンを持ち、

そして正倫の動きが止まった。

「……この一週間、何もされなかったんですか?」

コーヒーをすする正倫の表情は明るかった。
言葉だけ、急に重くなった気がした。
何もしなかったも何も、まだ何も始まっていない。

「え、何か、準備しておいた方がよかったですか?」
「別に意地悪したいわけでではないんですが、これが最初のトレーニングだったんですよね」
「え、今日からスタートじゃなかったんですか?」

「実は、それがそもそもの間違いだったんです」

「……どういうことですか?」

「トレーニングはすでに一週間前から始まっていた、ということです」

冷静に考えようと、由成はコーヒーを一口すすった。
そして思った。

……甘かった。

(つづく)


サポートがあると、自信と意欲にますます火がつきます。物語も人生も、一緒に楽しんでくださって、ありがとうございます。