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まちのコミュニケーションジム③-3 「お互いを理解しあうメカニズム」

(前回の物語はこちら)

「そこまで理解してくれるのは、お前くらいだな」

上司の口からこの言葉が聞けて、ようやく由成はジムの効果を感じた。

「理解できてないことも多いですが、課長の大変さが少しわかりました」

この日の課長との飲みは、不満よりも感謝の方が多くて楽しかった。

ここ2週間、由成は課長のクレーム対応をせっせと手伝った。同時に、部下のフォローにも力を入れた。人の仕事を余分に引き受ける分、自然と相手の状況や心情を伺うようになり、質問やねぎらいの言葉が増えた。

「最近忙しいんですか? 何かありましたか?」
「あの件、やっぱり大変ですか? 僕できることあります?」
「ちょっと相談あるんで飲み行きませんか?」
「あいつ(伊川)、課長の根回しでだいぶ助かってましたよ」

上司も、人だ。責任にストレスやプレッシャーを感じていたり、評価や尊厳を求めていたりすることがなんとなく見えてきた。

部下も、少しの声かけの工夫で、感情表現や人の頼り方がわかってきたようだった。今までは見えてなかった不安や焦りが伝わってくると、少し余裕をもって接することもできた。

「もう少しお前の好きにやってみたら? 俺が責任とるから」
「ちょっと営業部に行ってくるけど、ついでに何か頼んどくことある?」
「最近は大丈夫か? 無理すんなよ」
「今日何か予定ある? 飯でもどう?」

とはいえ、それだけでは変わらないこともあった。

由成の働きかけだけで上司と部下の溝が埋まったのかというと、そこはあまり変わらなかった。上司が声を荒げることも、部下が飲み会を断って帰ることもよくあった。それでも由成が間に立つことで、組織やチームとしてはスムーズに回り始めていた。

由成たちの世代は、上司の価値観も部下の価値観もわかる。それゆえに板挟みになることが多かったから、社内では「狭間の世代」と見られている節があった。ここにきてようやく、その世代にふさわしい働きかけが見えてきた気がして嬉しかった。そんな手応えを感じて二週間が過ぎ、

由成は最後のレッスンに向かった。

(カランコローン)
「こんにちはー。今日もよろしくお願いしまーす」
「なんか、いい感じっすね」

正倫も、音の響きから調子の良さを感じ取った。案内するまでもなく、由成はいつもの席に着いた。正倫から差し出されるコーヒーには、スプーン一杯半の砂糖がちょうどよかった。

「さあ、今度はどんな気付きがありましたか?」
正倫も早く続きの展開が聞きたかった。

「なんとなく、自分の役割がわかってきたような気がします」
由成は控えめに、でも自信を持って答えた。

「それはよかったです。結局のところ、コミュニケーションスキルはあまり教えてませんが」
「そこがこのジムのすごいところですね。結局、スキルの問題じゃなかったってことですよね」

由成が実践を通して気付いたことと、正倫が伝えたかったことが、ようやくつながってきた。いつもは少し余裕のある態度で話す正倫も、今日は少し前のめりだった。

(レッスンのまとめとフィードバック)

正倫は、今まで伝えてきたことをおさらいして再度伝えた。

「知識やスキルも大事ですが、まずは相手をきちんと理解することなんですよね。敵を言いくるめようとしてもうまくいきませんが、相手を理解して敵じゃないということに気付けば、人間関係の問題は意外とスムーズに解消するものです。自分が何を話すか、じゃないんですよね。相手の何を知るかが重要なんです」

由成も、自らの経験から得た知恵を集約して言葉でまとめた。

「岩城さんが知識やスキルを教えようとしなかった理由が、今は少しわかります。もし僕が先に答えばかり知ろうとしていたら、今みたいに上司や部下を理解しようとするどころか、もっと説得しようとして泥沼にはまっていたかもしれません。コミュニケーション力を鍛える必要はありますが、必ずしもそれは自分が話す方ばかりではない、ってことですよね」

この日のトレーニングは、新しいことを学ぶよりも、確認作業が多かった。そうやって振り返ることで、実践と学習の意味がより深く理解できた。

つまるところ、コミュニケーション力を鍛えるということは、自分や他人に対する理解を深めるということなのだ。

こうして由成のレッスンは終わりを迎えた。

「木月さん、きっと不安や疑問も多かったと思いますが、こうして最後まで一通りのトレーニングを受けてくださって、ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。信じてがんばってみて本当に良かったです。これで終わりと思うと、ちょっと寂しいですね」

「最後まで受けてくださった方への、今後のフォローアップもあるので、ぜひ今後も仲良くしてください。

スポーツ選手がストレッチやマッサージをするのと同じように、コミュニケーションも『メンテナンス』が大事ですからね」

「そう言っていただけると助かります。ぜひ定期的にメンテナンスができれば嬉しいです」

こうして由成のトレーニングは終わりを迎えた。由成を見送り、コーヒーカップを片付けてから、正倫はゆっくりソファに腰を下ろした。

(ふう、これでひと段落。)

伝わりにくいコンセプトを携えて、まちのコミュニケーションジムは今日も元気に営業している。

(カランコローン)
「あ、ご、ごめんください……」
「あー、すみません。ごめんは売ってないんすよー」

おしまい。

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