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まちのコミュニケーションジム②−3「観察と解決」

(前回のストーリーはこちら)

次の日から、由成の「社内観察」が始まった。

パソコンで書類を作成しつつ、お昼休憩に読書をしつつ、上司と部下の会話に聞き耳を立てた。

「伊川、ちゃんとお客様のところへ足を運んで、顔を見て話してこい」
「顔を見て話すなら、オンラインじゃダメですか?」
「人間関係っていうのは、直接会ってこそなんだよ」
「……わかりました」
「すぐラクをしようとするな。足を使え。何度も言わせるな」

上司の言ってることもわかるけど、もう少し良い伝え方はないものか。
部下の感覚や時代のスピード感がつかめてないのは、上司の方だ。
はたから見ている由成には、八つ当たりのように見えた。
今日はブラックコーヒーがいつもより濃い気がする。

「課長、N不動産との企画が煮詰まってて、どうしたらいいですか?」
「計画もだけど、まず動いてみてから考えようって話じゃなかったか?」
「リーダーを任されるのは初めてで、どこからどう動けばいいか……」
「……入社三年目で、まだ言われないと動けないのはちょっと困るな」

部下は部下で、計画に時間をかけすぎるのも問題だ。
思い切って行動した方が、かえって信用につながることもある。
部下は指示を待っていることも多く、観察していて焦れったかった。
かくいう由成も、観察していたら設計図の提出がギリギリになっていた。

由成は両者の狭間の世代にあたる。

どちらの問題点も言い分も、よくわかる。
だからこそもどかしい。
「お互い、もうちょっと歩み寄れないかなあ」

二日ほど職場を観察してみたものの、特に大きな発見は得られなかった。
これはどうも、外から見ているだけではあまり意味がない。
結局、本当のところは本人と話してみないとわからない。

「近藤課長、今晩仕事終わりに、一杯行きませんか?」
次の日、由成は仕事終わりに上司を飲みに誘うことにした。正倫も「まず経験から」と言っていたし、問題解決のためにできることをやってみよう。

上司とのコミュニケーションは慣れていた。

「おお木月、久々に行くか!」
部下の方から誘えば、課長はだいたい喜んでくれる。
こういうところが、信頼関係を築く上では大事だと由成は知っていた。

「伊川、たまにはお前も一緒にどうだ?」
「いえ、私はこの後ジムに行くので遠慮しておきます」
試しに誘ってみたが、案の定、部下の伊川は乗ってこなかった。
仕事終わりはジムへ行っているらしく、いつもロッカーにはシューズバッグが入っていた。
残業はほとんどしないし、飲み会も会社行事以外はほとんど断られる。

部下とのコミュニケーションはいつまでも進まなかった。

「伊川はいっつも付き合い悪いんだよなあ」
ビールとハイボールで乾杯して開口一番、近藤課長は伊川をなじった。
「でも、あいつ決まった仕事をこなすのは結構早いですよ」
せめて少しでも、良いところが伝わればと願って話した。
「仕事だけが会社じゃないんだよ。叱ると黙るし、酒も飲まないし」
「確かにそういうところもありますけど……」
「まったく、最近の若者はどうしたものか」
上司がなんとかしようと考えていることもわかるから、反論も難しかった。

翌日、部下の伊川からはプロジェクトの不満を聞かされた。
「うちの会社、もっと業務フローを見える化してくれたらいいのに」
プロジェクトを丸投げされてイラ立っている様子が見えた。
「お前の言いたいこともわかるけど、上司のこともわかってやれよ」
「事例とかアイデアとか、見せてもらえないと動きにくいですよ」
「こうしてほしい、ばっかりじゃなく、できることを考えてみたら?」
自分なりにフォローしたつもりだったけど、明らかに納得していなかった。

どちらが正しいとか、どちらの味方をすればいいという話ではない。

間にいる立場としては、もっとお互いをわかり合ってほしい。
でも、様子を見ても働きかけても、伝わる様子はまったくない。

こうして木月の観察と作戦は、何の手掛かりも得られないまま頓挫した。
そして次の一週間はあっという間に過ぎてしまった。

岩城さんに、何て報告すればいいんだろう?
ジムへ向かう由成の足取りは重かった。

(つづく)


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