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図鑑文化を支えた生物画家。その仕事を追う書店員さんのフィールドワークに感動

今回は、虫好きなら一度は訪れたい聖地書店と評判の高い
埼玉県の未来屋書店北戸田店さんに編集者が行ってきました。
書店員のOさんが半年がかりでつくりあげた展示企画
『生物画家・有藤寛一郎 大島進一 図鑑原画展』を見るためです。
Oさんの強い思いと驚異的な行動力、多くの方々の協力によって
実現した展示のことをお伝えしたいと思います。

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初めて北戸田店さんに行った日

未来屋書店北戸田店さんのことを編集者の私が知ったのは、『わたしはイモムシ』の編集作業をしていた2021年2月中旬です。

桃山鈴子さんの本が刊行されたら特設コーナーで展開したい」というありがたい電話が工作舎に入りました。まだ書店向けの出版告知もしておらず、カバーデザインもできていない段階で、このイモムシ本制作記を見て電話を下さったことにびっくりしました。それが未来屋書店北戸田店のOさんとのファーストコンタクトです。

ツイッターを見て、未来屋書店北戸田店さんが虫や生物関係のコーナーづくりにとても力を入れていることを知り、実際にどんなお店なのか見たくなり、3月末に初訪問しました。
未来屋書店さんは全国のイオンモールを中心に展開しており、北戸田店もイオンモール北戸田の中にあります。雑誌も絵本も文芸書も専門書も揃った新刊書店ですが、店内のあちこちに虫をはじめとする生物関係の特設コーナーがつくられていました。
特に驚いたのは常設棚。新刊や売れ筋の本だけでなく、多種多様な虫本、生物本が集められ、サイン本、色紙や原画、著者の似顔絵まで。なんだろうこの充実ぶりは。ここは昆虫館のライブラリーでもないし、虫専門書店でもないよね…? 私が棚を眺めているとOさんがバックヤードから出てきてくれました。

昆虫図鑑の挿絵画家を調べてるんです

子供の頃から虫が大好きなOさんは昆虫採集と標本づくりが趣味。棚に並べたさまざまな虫の本について楽しそうに教えてくれました。『わたしはイモムシ』もぜひよろしくお願いします!とお話ししたあと、Oさんが私に質問してきました。
「出版社は、図鑑に使った絵をずっと保管してあるものですか?」
「ふつうは画家に返却するものですが、版を重ねる図鑑の場合は出版社が保管していることもあるかもしれませんね」
「実はいま、学習図鑑に虫の絵をたくさん描いてきた生物画家の方について調べているんです。それで図鑑の版元に問い合わせているところなんです」
「どうしてその画家のことを調べているんですか?」
気になって尋ねると、Oさんはちょっと興奮気味に教えてくれました。川口市に有藤書店という古書店があったこと。Oさんも通販で虫関係の本を買ったことがあったけれど、もうだいぶ前に閉店してしまったこと。
「つい最近ある人のブログで有藤書店のことが書いてあるのを読んで驚きました。なんとそこのご主人が生物画家の有藤寛一郎さんだったんです!」

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昆虫図鑑にも生物画家にもくわしくない私は知らなかったのですが、有藤さんは1950年代後半から1990年代にかけて学研や小学館など数多くの学習図鑑で活躍されてきた生物画家でした。川口に有藤書店を開業したのは1982年とのこと。ドイツ・フランス文学や、昆虫、生物学の本を中心にした品揃えのお店だったそうです。
Oさんにとって、子供のころずっと親しんできた昆虫図鑑の絵を描いてきた憧れの画家。その方が、こんな身近なところで古書店を営み、自分もそこで本を買っていた。この巡り合わせに、Oさんのなかで「有藤さんの絵を紹介する展示をやりたい!」という思いが沸き起こったそうです。
ちょうど2021年は学研さんの図鑑50周年にあたり、昔の図鑑のパネル展示など協力してもらえることになりました。Oさんはすぐに有藤さんの情報収集に取りかかりました。私がOさんに初めてお会いしたのはちょうどそのタイミングだったんですね。

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有藤さんが手がけた本。調査の過程でご協力くださった方々のお名前も。

有藤寛一郎さんの仕事をたどるフィールドワーク

残念なことに、2021年3月11日に有藤寛一郎さんは92歳でご逝去されました。有藤さんのことを知って動きだした直後の訃報にOさんは「もっと早く知っていれば……」とショックを受けながらも、調査を続行。ネットで有藤書店の思い出を書かれていた方々にコンタクトを取って情報を教えていただき、今回の展示企画にご協力いただけることになりました。

しかし有藤さんの生物画家の仕事を調査するのは簡単なことではありませんでした。インターネット普及前のアナログ時代に活躍された方、それも複数の画家が分担して描く図鑑という領域で仕事をされてきた画家の仕事を調べるのは、とても大変な作業だったようです。
出版社の図鑑担当者はすでに退職されていたので、神保町の古書関係者を訪ねて有藤さんをよくご存じの方を紹介していただいたり、学会や同好会に問い合わせて資料の存在を教えていただいたり。
手紙を出し、電話をかけ、訪問し、先方を訪ねてお話を聞き、またそこから別の方を紹介してもらい、昔の雑誌を入手して手がかりを調べ……。一人の方を訪ねていくと、また新たな糸口が見つかっていったそうです。
それは有藤寛一郎という人の「脚跡」を追うフィールドワーク。書店員としての勤務のかたわら、Oさんは休日を費やして行なってきたのです。

「最終的に、有藤さんのご家族にお会いして原画を拝見し、展示用にお借りすることがかないました。また有藤さんが参加されていた川口昆虫同好会の設立者である大島進一(のぶかず)さんにもお会いし、大島さんが有藤さんのすすめで生物画家になられたことを知り、大島さんの原画もご一緒に展示させていただくことができました」

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Oさんすごいぜ! 北戸田店さんすごいぜ!

2021年8月7日から31日まで、未来屋書店北戸田店の虫と生物の棚は『生物画家・有藤寛一郎 大島進一 図鑑原画展』の展示空間になりました。
これはすごいことだと思います。
普通、書店の展示イベントは新刊の宣伝目的に行なうものが多いですが、今回の原画展は純粋に有藤さんや大島さんの原画をお客様に見ていただくための展示。原画も資料も、すべて書店員さん自身がコツコツと調べて動いて、ゆかりの方々の協力を得て集めたもの。企画を通したOさんもすごいし、任せた店長さんもすごい!と思いました。
私が展示を拝見した8月中旬の書店内には、夏休みの自由研究をサポートする本やキットのコーナーがありました。この原画展は、まさに大人が本気を出した最高の自由研究だと思います。本当にOさんすごいぜ! 北戸田店さんすごいぜ!


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有藤さんが本文のカットを手がけた北杜夫『どくとるマンボウ昆虫記』、有藤さんが影響を受けた牧野四子吉の評伝などゆかりの本も並びました

昆虫採集に行きたくなる絵とは

有藤さんのどこに惹かれたんですか?とOさんに聞いてみました。
「調べながらどんどん夢中になっていったので客観的に言えないんですが、残された絵を見れば見るほど、命をかけて描いていた人だということがわかります。いま、図鑑の多くは写真中心になりましたが、図鑑という文化を支えてきた生物画家がいた、そのことを知ってほしいと思うんです」
では、図鑑の絵の魅力とは?
リアルよりもリアル。展示をご覧になった虫好きの方はそう言います」
リアルよりもリアル?
「つまり、有藤さんや大島さんの虫の絵を見れば、すぐにもフィールドに出てその虫を探せるんです。標本よりも写真よりも、その虫の種としての特徴はこれだよ、と伝えてくれる。自然光の下の虫の美しさを再現している。それが図鑑の絵の力だと思います」
有藤さんの原画の甲虫を見つめながら、Oさんは言います。
「これを見ていると昆虫採集に行きたくなっちゃうんですよ。私も」

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Oさんの情熱と多くの方々のご協力によって実現した展示は2021年8月31日まで。一人でも多くの虫好きの皆さんに見ていただけたらと思いますが、この原画展の背景の一端でもお伝えできればと思い、noteに記録させていただきました。

未来屋書店北戸田店
埼玉県戸田市美女木東1-3-1 イオンモール北戸田3F
営業時間はイオンモール北戸田のサイトなどでご確認ください

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最後に。全国の有志の書店さんが参加している御書印プロジェクトというスタンプラリーのようなものがありますが、私の御書印集めは未来屋書店北戸田店さんからスタートしました。文章のセレクトも、丁寧にしたためられた文字もOさん。こんなきれいな御書印はそうそうないと思います!

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『わたしはイモムシ』発売時にはこんなふうに展開してくださいました。ありがとうございます! これからも末長くよろしくお願いします。

すごく長くなってしまいましたが、最後までご覧くださった方ありがとうございます!

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