工作舎の隠れ推し本#05 奇妙な2Dワールド 『プラニバース』
note連載企画「工作舎の隠れ推し本」の第5回は、奇想天外な二次元の世界『プラニバース』です。記事の最後に、プレゼント企画の詳細が書いてあります。ぜひご応募ください。
2D OR NOT 2D
中国発のSF金字塔、劉慈欣『三体』シリーズのクライマックスでは、異星人が放った次元兵器によって太陽系が二次元空間へと崩潰していくシーンが描かれる。あらゆるものが平面へと「滑落」し、太陽系は巨大かつ厚みのないゴッホの『星月夜』のような絵と化してしまう。この世界の暮らしを、劉慈欣はこう説明する。
「二次元の絵の中で生活するぺらぺら族を想像してほしい。その絵のディテールや色彩がどんなに豊かでも、ぺらぺら族は、周囲の世界の側面しか見ることができない。彼らの目に映る周囲の人やものは、どれもこれも、長さがまちまちな直線にすぎない。」
本書『プラニバース』は、まさしくこのぺらぺら族との遭遇の物語だ。コンピュータ・サイエンスを教えるA・K・デュードニー教授(本人が登場)のシミュレーション演習のさなか、突如、「イェンドレッド」と名乗る二次元生物がコンタクトしてくる。モニターに映し出されたのは、4本の手と昆虫のような頭部をもち、体内の諸器官があらわになった奇妙な生物。イェンドレッドは「平面宇宙:プラニバース」という高度な文明の住人だという。教授と学生たちは断続的に交信を続け、イェンドレッドに導かれて、奇想天外なプラニバースの旅に出発する──。
二次元世界は三次元世界の人間から見ると、不自由きわまりない。なにしろ生物と生物がすれ違うときには、他方がうつぶせになって、その上を踏み越えていかなければならないのだ。そうした制約をものともせず、プラニバースでは独自の工学、印刷技術(!)、建築学、気象学、物理学、宇宙論、哲学が生み出されていた。豊富な図版とともにそれらが紹介され、奇天烈きわまりない発想に舌を巻くこと請け合いだ。読み進めていくうち、いつしかイェンドレッドに思い入れをしてしまうように描かれているのも巧みだ。とりわけ最後のメッセージには胸を打たれる。
さて、本書によって、二次元沼へと引きずり込まれた人物を紹介しよう。1991~1993年までの解凍期P-MODELに参加したキーボード奏者、ことぶき光氏だ。筆者に直接語ってくれたことには、在籍時期のバイブルが本書だったそうで、リーダーの平沢進氏との共作のかたちで代表曲「2D OR NOT 2D」を世に送り出した。シェイクスピアの「To be, or not to be」をもじっているわけだが、「二次元で生きますか、やめますか」と捉えるなら、本書が投げかけるメッセージに、まさしく通底していることになる。(石原)
著者紹介
書籍情報
『プラニバース』
A・K・デュードニー 野崎昭弘=監訳
野崎昭弘+野崎昌弘+市川洋介=訳
●本体2903円+税 ●A5判上製 328頁
1989.11刊行
本書目次
序 2Dワールドとの交信
1 円形惑星アルデ
2 海辺の家にて
3 大海フィディブ・ハール
4 首都イズ・フェルブルトへの道
5 地下都市での滞在
6 哲学者との出会い
7 ピュニズラ研究所
8 芸術都市セマ・ルーブルト
9 ダール・ラダムの高みに
10 古代神殿での体験
11 高次元への旅
付録 プラニバースの科学技術
著者あとがき 二次元宇宙の創造者たち
監訳者あとがき 二次元での「可能性」と「不可能性」
プラニバース研究 【家】【熱と固体】【ジッパー器官】【泳ぎと呼吸】【乱気流】【眼】【水と土の循環】【天候のパターン】【印刷機】【扉/壁】【時と永遠】【エネルギーの減衰】【電磁気】【可能な分子と不可能な分子】【NANDゲート】【多層機械】【透視法と多義性】【テンポ・フーガ】【膨張する宇宙】
プラニバース用語集
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