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vol.2 どうして工作舎がイモムシ本をつくるのか?

ゴマフリドクガ、ビロウドハマキ、フクラスズメ……
2021年春に発行予定の桃山鈴子さんの作品集のために、桃山さんから、少しずつイモムシたちの画像データが送られてきます。
印刷用の画像なのでとても容量が大きく、モニタ上で拡大すると、顕微鏡で虫を見ているような気分になります。今回の見出し画像のイモムシはビロウドハマキの展開図の一部です。

桃山鈴子さんのウェブサイトはこちらです。

さて今回は、どうして工作舎がイモムシ本をつくるのか? というお題で、工作舎が出してきた出版物のなかから、桃山さんのイモムシ画と響きあう(と勝手に思っている)ものを発掘してみます。ちょっと長いですが、さらっと眺めていってください。

「桃山さんのイモムシ画を本にしたい! 本にしよう!」と思ったのは、編集者の私の個人的欲望ですが、「桃山さんのイモムシ画は工作舎と相性良さそう」という工作舎のカラーと伝統を踏まえた提案でもありました。

工作舎が出してきた本の特徴のひとつに
●博物誌的なもの
●理系と文系の境界上にあるもの

があります。

荒俣宏さん監修『ビュフォンの博物誌』のように博物学時代の精華をまとめた大型本あり、変わったところでは獣姦の博物誌『愛しのペット』なんていうのもあり。宮澤賢治の文学に書かれた鉱物をめぐる『賢治と鉱物』も賢治ファン、鉱物ファンに人気です。

ロングセラーのレオ・レオーニ『平行植物』は架空の植物のまことしやかな博物誌。

平行

板橋区立美術館で2020年秋から開催される「だれも知らないレオ・レオーニ展」では、平行植物を立体化した彫刻「幻想の庭」も展示されます。(2020年10月24日〜2021年1月11日)

『江戸博物文庫』シリーズ。
植物、魚、鳥と出ています(ざんねんながら、まだ虫はなし)。

江戸博物


『青い鳥』のモーリス・メーテルリンクの博物エッセイも刊行しています。文学者メーテルリンクは、近代生物学とは別の地平に立って、形而上的な世界観のもとに虫や植物を見つめています。

メーテルリンク横

ミツバチ、アリ、シロアリなど社会性昆虫のいとなみを書いた昆虫三部作。
ハチやアリに比べると生態に謎が多い『白蟻の生活』が特におすすめです。日常生活では駆除の対象となる害虫ですが、最新の研究では森林など生態系の維持に役割を果たしていることがわかってきたようです。

自然は昆虫界において奇怪なものを数多く生みだしているが、女王シロアリは昆虫界に見出されるもっとも奇怪なタイコ腹をしている。彼女ははりさけそうなほどタマゴでふくれた巨大な腹そのものである。まるで白い腸詰である。ぐにゃぐにゃのソーセージにつきさした黒い針の先のような、小さい頭部と前胸部がわずかにみえる。(『白蟻の生活』より)

シロアリの女王は、ごろんとしていてイモムシっぽいんですよね。光を嫌うので観察が難しい虫ですが、桃山さんに描いてほしい……ような気もします。

ガラスと花

メーテルリンクは、小さな虫の生活史が、個体の生死を超えて繰り返され、持続していくことに、魅了されていました。

われわれ人間は、それぞれ自分を、大きな有機体の全体であると思っているが、一匹の虫が死んでも、それは、一つの大きな有機体の、一つの細胞が変化することにすぎない。虫は、われわれより、ずっと死なない。いや、おそらく、まったく死ぬことがないのである。われわれ人間にとって、死とは、漠然とした宗教的信念を除いては、完全な終わりである。が、虫にとっては、ありふれたひとつの変容なのであり、永遠にくり返されるサイクルの環なのだ。(『ガラス蜘蛛』より)

桃山さんも、この生命観に共感するそうです。「虫を観察していると、そのサイクルの早さから、同じような感覚になります。レオーニの『スイミー』のように、虫一つ一つの個体を超えて、巨大な虫の一部を観察している気持ちになるときがあります」とのこと。

さて、工作舎はむかし、『遊』という雑誌を出していました。
1971年に創刊し、1982年に終刊しましたが、なぜか数点の号だけまだ社内在庫があり、ひそかに売っていたりします
『遊』時代を知らずに入社した私は、社内にある『遊』のバックナンバーをあまり見ておらず、これからも手に取ることはないであろう……と思っていましたが、ある日、ふと背表紙を見ると「虫類誌」。
へえ、虫の特集をしているのか!とひっぱりだしてみました。

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1979年12月刊行の『遊 1010』(品切れ)。
虫特集の扉ページには「フリーメイソンの最高形態は蛾になることである」というコピーがありました。そうなんですか?

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↑著名人の方々に電話して、虫について話してもらう企画。
赤塚不二夫さん、宇野亜喜良さん、ジャンボ鶴田さん、田名網敬一さん、山野浩一さんなどが回答してくれています。
大好きな作家、堤玲子さんのコメントを見つけて大収穫!「虫といったら、私はすぐ「うわき虫」なんかを思い出しちゃいます。精虫かしらね」「大きくて強いのは、男でも女でも殺したいけど、自分より小さくて弱いものを殺すのは嫌い」

数少ないビジュアルページにはイモムシの顔面と……

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イモムシ側面図と背面図!

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当時を知る社内の人間に聞いたところ、「図鑑から複写したんじゃないかなー」とのことでした。なんだ……
桃山さんに見てもらうと、「私が愛用している『原色日本蝶類幼虫大図鑑』の複写ですね」と一発で同定されました。さすがです。

とりとめのないご紹介でしたが、ご覧いただきありがとうございました。
工作舎が連綿と送りだしてきた博物誌的なるものの流れに、今を生きる表現者である桃山鈴子さんのイモムシ画を接続したいと思っています。

桃山鈴子さんプロフィール
東京生まれ。虫の飼育は小学生時代から。大学時代に生物学の授業で顕微鏡を使った観察スケッチを学んだことが絵の原点に。理系と文系、自然科学とアートの境界を自由に飛び回る表現を志している。
イラストレーション青山塾ベーシック科21期。NPO法人日本アンリ・ファーブル会会員。日本蛾類学会会員。ペンスチ所属。
HBギャラリーファイルコンペvol.29藤枝リュウジ賞
ギャラリーハウスMAYA装画コンペvol.19準グランプリ
Society of Illustrators-Illustrators 62入選

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