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工作舎の隠れ推し本#10 SF的手法を駆使して四次元の想像に迫る 『四次元の冒険』

note連載企画「工作舎の隠れ推し本」の第10回は、論理数学者にしてSF作家、鬼才ラッカーの時空学入門『四次元の冒険』です。記事の最後に、プレゼント企画の詳細が書いてあります。ぜひご応募ください。


『四次元の冒険』
ルディ・ラッカー マーティン・ガードナー=序文
金子 務=監訳 竹沢攻一=訳

四次元空間の住人になるためのガイドブック

 少々戯れ事にお付き合いいただきたい。
 先日来、専門のメーリングリストに登録して勉強中なのだが、「まっ白い皿のうえに乗った艶やかな赤いリンゴの様子をアリアリと想像」したり、「印象に残った夢をムービーとして思い出す」のが困難な状態を「アファンタジア(aphantasia)」というそうだ。ようするに「頭の中でイメージを視覚化できない」状態のことを指す。ネットの情報によれば、この認知特性は人口の3〜4%が該当するという。19世紀末にイギリスの学者によって初めて記述された後、21世紀の今日まで、あまり研究が進んでいない、とも。
 日常生活で確認する機会が無いので確証はないけれど、25〜30人に1人というのは意外と多い印象をうける。

 さて、本題の『四次元の冒険』について。紛れもなく幾何学の本だ。読んでみると案の定というか、歯がゆい思いがするというか、ふだん三次元空間に慣れてしまっている自分には、四次元世界を幾何学的に体感したり理解するために、かなり柔軟な「イメージの筋力」が必要に思えた。ためしに、本書パズル3-4を覗いてみよう。

 「図38は展開された超立方体の展開図を示している。これをいま折りたたんでもとの四次元の超立方体にもどすとしたら、どの面がどの面にくっつくようになるか考えてみていただきたい。とりわけ底の立方体の面にどの面がくっつくだろうか?」

 正直、「折りたたんで箱の面と面どうしをくっつける」ところから無力感が漂いはじめる。想像力の欠如、などというイヤな言葉を頭から振り払ってはみるものの、この問題を前にして、CGアニメーションなどの助けなしで「超立方体」のイメージを思い浮かべる境地に達するには、それ相応のセンスと訓練が必要だと思うに至った。皆さんはいかがだろうか。

 くどいようだが、ここで思考プロセスを振り返ってみる。
 まず、普通の三次元の立方体の展開図を紙に描きその基本的な性質を理解する。「この辺とこの辺はくっつく」関係を面倒がらずに確かめるのが肝要だ。
 そうして準備体操ができたら、次は三次元の常識=思い込みを解く。つまり立方体に付きまとう「カチカチに硬い質感」をいったん手放そう。そうして柔らかく、しなやかな立方体のイメージを新たに導入しよう。もはや立方体では無いじゃないか! との声もあろうがこれも方便。できればゼリーのような半透明か、どこまでも伸びる「薄膜仕立て」だと具合が良いだろう。
そして先の準備体操の流れから類推して、四次元立方体の映像を正確に思い描こう… とするわけだが、ここで紙にスケッチせずに、と条件がつくと途端に難易度が上がりはじめる…。
 ひとくちに「想像する」といっても、こと四次元にいたっては一筋縄ではいかないようだ。

 本書は、そんな私たちが、四次元空間の住人になるためのガイドブック兼エクササイズ集だ。
 勝手知ったる二次元・三次元の〈喩え〉と〈アナロジー〉が満載で、ひとまず分かった気分にさせてくれる。なにより、洒落たイメージ・イラストがよい。数理的な思想で設計された本文フォーマットとあいまって、本書全体がスマートで軽快な印象だ。カバーのモチーフがなぜ「靴」なのか? は読んでのお楽しみ。理解度の確認のための「章末パズル(解答付き!)」も読み進む一助となっている。
 ちなみに記憶が正しければ、カバーの靴のイラストをカラー化するため、当時最先端であったビットマップ編集ソフト「Stuio/8(Mac版)」が使用されたことを、忘れないうちに書き留めておこう。(宮城)


著者紹介

ルディ・ラッカー Rudy RUCKER
1946年3月22日、ケンタッキー州ルイヴィル生まれ。ニュ−ジャ−ジ−州ラトガーズ大学博士課程修了、72年からニューヨーク州立大学助教授。その後各地の大学での教職をへて、現在はカリフォルニア州サン・ホセ大学准教授。おもな数学的興味は超限基数と高次空間に向けられ、論理数学でラトガースから学位を得ている。SFの処女長篇は1980年の『ホワイトライト』、以降サイバーパンクSFの中心的作家として作品の発表を続け、82年の『ソフトウエア』ではフィリップ・K・ディック賞を受賞した。邦訳書に、ノンフィクションの『かくれた世界』(白揚社)、『無限と心』(現代数学社)、SFの『時空の支配者』、『空を飛んだ少年』(いずれも新潮文庫)がある。『四次元の冒険』に続くノンフィクション『思考の道具箱Mind Tools』(工作舎)も好評。

書籍情報

『四次元の冒険』
ルディ・ラッカー マーティン・ガードナー=序文
金子 務=監訳 竹沢攻一=訳
●本体2800円+税 ●A5判上製 304頁
2007.9刊行

本書目次

第1章 新しい方向 なぜ三なのか?/ローリング・ストーンズ「ブラック・アンド・ブルー」/実在・色・時間/プラトンの洞窟

第2章 フラットランド アボット・アボット氏の国/スクエア氏、ラインランドへ行く/三次元からの使者/フラットランドの厚さ/二次元諸国の概説

第3章 過ぎ去った世界 4D天使の墜落/心は3Dパターンではない/四次元幾何学と超ハエ(ハイパーフライ)/四次元サイコロを作る/超立方体の監獄/アナロジーを超えて

第4章 鏡の国 カントの左手/裏返ったスクエア氏/メビウスの発見/ネッカー立方体を凝視する/鏡の国のルディ

第5章 幽霊は超空間からやってくる 降霊術の宴/ツェルナー博士の災難/霊界=四次元論の限界/ウスペンスキーの超空間/霊媒としての空間/人間のもっとも単純な行為/チャールズ・ヒントンの数奇な生涯

第2部 空間
第6章 世界を作っているもの 空間は空虚か?/エーテルの風/アインシュタインの弁明/二次元ギロチン/物質が空間を曲げる/クリフォードの幾何力学/渦輪の結び目/エーテル噴水

第7章 空間の形 三種類の曲率/境界のない有限/地下室の宇宙/超球体空間の内側で/双曲線空間と擬球/圧縮された無限世界/ゼノンのパラドックス/エッシャーと"ガブリエルのホルン"/ゲンコツの上の銀河系

第8章 別世界への魔法の扉 魔法の扉の宇宙論/スクエア氏とウナのロマンス/ガラスボールとブラックホール/宇宙の虫喰い穴/別世界は存在するのか?/世界と世界が出逢う/別世界を確認するための三つの方法/非対称性を求めて

第3部 方法
第9章 時空日記 ◎1982年11月15日(月)——時間を殺す/◎1982年11月16日(火)——宇宙を積み重ねる/◎1982年11月17日(水)——運動は存在しない/◎1982年11月18日(木)——時空を読む?/◎1982年11月19日(金)——ゲーデルの言葉/◎1982年11月22日(月)——客観的現在はない
/◎1982年11月23日(火)——時空をスライスする/◎1982年11月24日(水)——"よその場所"を考える/◎1982年11月30日(火)——永遠を垣間見る

第10章 タイムトラベルとテレパシー タイムトラベルとFTL旅行/イエスでありノーである/机の上の二つのタイムマシン/パラドックスの抜け穴/閉じた因果ループ/時間を逆行する粒子/メイジー・グリーブスの場合/時計仕掛けの宇宙/『易経』と共時性/宇宙は書物である/素粒子の隠れた変数/テレパシーの幻影

第11章 実在とは何か? 唯心論的世界観の復活/事実空間/世界状態/物体は情報を包含している/ウィリンクとカントール/ヒルベルトの無限次元空間




プレゼント応募方法

X(旧:twitter)facebookで「#工作舎の隠れ推し本プレゼント」をつけて投稿した方、あるいはメール(saturn@kousakusha.co.jp)でご応募の方に、最大3名様に抽選で『四次元の冒険』をプレゼント!
当選した方には、DMメッセンジャーメールにて連絡いたします。期日は「2024年5月30日(木)」まで。皆様、どしどしご応募ください!

次回の紹介書籍はアジアの森羅万象をみたす『多主語的なアジア』です!

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