令和六年能登半島地震:「人の営みは信頼するに足る」/ジャンププラス更新と日常性を守ること

1月2日(火)晴れ

昨日は夕刻に令和六年能登半島地震が発生し、正月気分が吹っ飛んだ感じになった。私は家に弟と母と三人でいたのだが、散歩に出ていた妹たち二人やプールに泳ぎに行っていた姪たちも無事で、私も職場と作業場を見て回ったが特に破損や家具が倒れたりなどはなく、無事だった。ただ、うちはかなりしっかりした地盤に建っているのにかなり揺れたから、近隣でも軟弱地盤のところではかなり揺れただろうと思う。石川県から入ってくるニュースはなかなかハードなものが多く、その中でも最大震度を出した志賀町の志賀原発が電源故障がありながらも無事だというのは教訓が生かされているなと思った。

思いがけないことはいくつも起こるし、七尾のゲームショップのツイートで貴重な筐体が破壊されたとか、災害はいろいろな場所で貴重な財産を破壊してしまうのだなと改めて思うのだが、一方で高架道路の免震構造など、経験を生かして改善されているものも多くあり、確実に前に進んでいるところもあるなと思う。念頭から大災害が発生したりすると今年は破滅かとか日本おわたとか言い出す人がいるが、今この瞬間も被災地や役所や企業で黙々と災害対応で働いている人がいるということも考えたい。思いがけない大きな災害やその対応への失敗は日本に生きている人間の常では有るけれども、それを少しずつ跳ね返していく、人の営みは信頼するに足ると思います。

日本になぜ左派リベラル政権が根付かないのかというのは一つの大きなテーマでは有ると思うけれども、こうした災害対応は当たり前のことを迅速に確実に実行できることが必要であり、スタンドプレーが多く保守=メンテナンスに疑問を持ちいろいろなことを変えてしまいたがる左派政党のありようそのものが日本という災害の多い国においては不適切だという面はあるのではないかと今回思った。

阪神大震災は社会党政権、東日本大震災は民主党政権時に起こった。その当時の政府の対応を国民は見ていて、自民党政権だったらもっとできたのではないかという思いを持つ国民は多かったと思う。国民はそれを教訓にしているのだろう。日本の政治と行政の根本的に大きな役割の一つは防災・災害対応・復興であり、左派政権やリストラ至上主義政権にはそれはできない、ということなのだろうと思う。

被災地の皆様と役所や企業で災害対応に当たっている多くの方々のご安全とご健康をお祈りします。


「初期仏教」少しずつ読んでいるが、「四聖諦」「(十二支・五支)縁起」「五蘊」「六処」の思想が一つにまとめられているというのがなるほどと思うところがあり、まだちゃんと理解はしていないがその辺の構造をちゃんと理解できればと思った。


昨日も今日も「ジャンププラス」の更新あり。昨日は新海誠さんのツイートを見たら「雀の戸締り」の放送があったらしく、ニュースだけではなくこういうものは見る人の力になると思う。災害時には緊急対応が必要なことは確かだが、できるだけ日常を維持するのも大切で、ましてやお正月にちゃんとお正月をやることは、その年を生きることに大きな力になる。日常性を守る、取り戻すことの大切さを考えながら、後のお正月を過ごすこともまた、災害に負けないために大事なことなのだろうと思う。


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