見出し画像

<異世界>を行き来すること|2023年のベスト本3冊・読了した本など

2023年もいろんな本に手をつけた。相変わらず積読は解消されない。読了に至る本はほんの一部。手にとって数ページでも読んだものを含めるといったいいくつの本を「読んだ」のだろう。数年の時を経てやっと読み終えたものもある。

しかしまあ、懐事情も良くないので例年以上に公立図書館へお世話になる本年でありました。気になった本があれば検索をかけ、見つかれば借りに行く日々。返却期限のおかげでお尻を叩いて読み進めることができた。

今年はそれなりにテーマ性をもって読書をすることができた。それぞれ分野は違えど、同じような文脈で読めたり、具体と抽象を行き来しながら、学んだことそれぞれを構造化。「あれって、これっぽいよね」と連想に継ぐ連想。そのときの脳内は気持ちよくてハッピーだ。

甲乙つけ難いが、今年読了した本のなかでも印象深い3冊をここに記す。


ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』小板橋二郎


ルポライターの小板橋二郎さんが自身の子ども時代を回想したエッセイ・コラム集。本書を知ったのは藤原辰史さんの『縁食論』内で紹介されていたあるエピソードだ。

戦後、物乞いの少年が小板橋家に何度とやってくるなか母親は何度も追い返していた(小板橋家にも食料はほとんどなかった)。その後、少年は姿を現さなくなる。そして、あるとき二郎さんは物乞いの少年が亡くなっている姿を発見する。少年の目には涙が流れた跡があった。

そのエピソードが強烈に残っていた。以来、ずっと本書を探し回った。

戦時中・戦後と東京のスラム街で育った小板橋さん。一見スラムと聞くと、貧困や病気が蔓延り、また治安の悪い場所というイメージが付きまとう。とくに貧困とは無縁な中流家庭のたくさん暮らす新興住宅街で10代まで育ったぼくは、長いことそんな偏見とイメージを持っていた。しかし、大人になりそんな住宅街のなかにも見えない貧困があったことを知る。

小板橋さんによればスラムでの生活は外の世界から見える印象とは異なり、楽しかったとも述べている。戦後、大人になるにつれて、高度経済成長によって日本が物質的に豊かになるのと比例して、小板橋さんもいろんな職種に就き、いろんな背景を持った人たちと出会う。そうするなかで、たとえば梅毒で鼻を失った「フガフガおばさん」のような大人たちの、過去の面影を見たりする。

著作のなかで一番響いたというか、ぼくのようなある種の安全地帯で成長し、学を得てきた者にとって、グサリと刺さる箇所があった。少し長いが引用させてほしい。

私の経験によれば、なかでも偏見や人種差別に激しい憤りをかくさない良心派の、インテリといわれるたぐいの人ほど、こちらのいいぶんに懸命に耳を傾けながら、「しかし」とかならず反論する。「むろん、それはそうでしょうけれど、あなたのようにいわば特殊な育ち方を経験していない人間にとってスラムをこわがるなといっても、やはりそれは無理です」。
こういう人ほどスラムに旺盛な好奇心や同情心を持とうとするのも一般的な傾向だ。

小板橋二郎『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』P140(風媒社版)


ユリイカ 2023年5月号 特集=〈フィメールラップ〉の現在


30歳を過ぎてからラップの世界にハマるようになってきた。それまではステレオな“bling-bling"なイメージを半ば茶化すつもりで需要していた。だから、だいたい聴くにしても2PACやスヌープ・ドッグのように、いかにもなものを雰囲気で流していた。

しかし、いつしか言葉を生業にするようになってからリズムやフロウが気になりだし、たまたまでも韻が踏まれることの気持ち良さに気づくのだった。それ以来、まったく興味のなかったジャパニーズ・ヒップホップを聴くようになり、ラッパーたちの口から繰り出される言葉に影響されるようになった。茶化す態度から転向するように、今では彼ら・彼女らをリスペクトしている。

ジャパニーズ・ヒップホップが全盛期だった90年代後半から2000年代初頭、10代になったばかりの僕はまったく馴染めなかった。姉の部屋からはドスドスと重低音が聞こえてきてたし、地元のやんちゃな同級生たちはみんなダボダボの服装でズンズカと音を鳴らしていた。音楽性や歌い手のバックボーン云々の前に拒否反応があった。だから、僕はロックやバンドサウンドのほうに向かっていった。

しかし、大人になって聴いてみると僕とは生きた文脈の異なる世界観にやられてしまった。そうそうリリックを聴きながら異世界を旅するように。クールな表現方法と節回しをできる人たちがこんなにいるなんて! って感じで。

ただ、深みにハマっていけばいくほど、もともと自分のなかにある興味関心や問題意識と交差し、反発していく部分が生まれてくる。別にフェミニズム的な意識はないつもりだったが、そういうものにカテゴライズされがちな内容に引き寄せられたり、もともと自分とは相性に問題があるマッチョな世界観とも距離をおきたくなっていた。

そこにAwichが登場するのだった。そこから根や枝が伸びていくように、フィメールラッパーたちに興味が湧いた。いろんな本を調べていくうちに、つやちゃんの記事や、つやちゃん著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』を知る。そして図書館に『ユリイカ 2023年5月号 特集=〈フィメールラップ〉の現在』があることを知り、借りて貪るように読んだ。九段理江さんの短編小説「Planet Her あるいは最古のフィメールラッパー」はめちゃくちゃホットでクールだ。

『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』、こちらはまだかい摘んで読んでいる最中だ。年明けにでも読み終えれたらいいのだが。

『ユリイカ』にしても、『わたしは〜』にしても、勇気づけられる内容だった。凝り固まった思考や染みついたバイアスが溶けていく。ああ、これやってもいいんだよな、と。乱世(と大学の恩師は言っていた)である現代をしたたかに生きる術や思想を垣間見た気がした。

『イシ:北米最後の野生インディアン』シオドーラ・クローバー

今年読了することのできた本のなかでも一番影響を受けたかもしれない。なんなら10年来ずっと気にしていながら手に取ることのなかった本だ。大学生のときに読んで一生大切にしたいと思った本『思い出袋』。著者の鶴見俊輔が何かの話のなかで取り上げていた存在こそ「イシ」だった。

北米大陸に暮らすネイティブ・アメリカンの一部族「ヤヒ族」。白人の開拓民たちに住む場所を追われ、迫害され、かつ絶滅に追いやられ、たった一人生き残った「イシ」。長い時間、彼は山の中でひっそりと野生的な暮らしを行っていたが、ついには自身の生き残りをかけて白人たちの暮らす文明社会へ降りていく。

運良く保護の対象となり、人類学者のアルフレッド・クローバーとも出会い、その後は博物館内で暮らし、職員として生活する。イシは文明社会に順応していくが数年後に結核によって亡くなる。

ヤヒ族最後の一人として潜伏生活をするか、文明社会に出て行き、生き残るか殺されるかの二択にかけるのか。自分たちの部族を破滅に追いやった白人たちの世界へ飛び込んだところで助かる見込みはない(彼の仲間は彼の目の前で撃ち殺されている)。それでも文明社会へ出ていく決断をしたとき、彼は何を思っていたのだろうか。

たった一人で生きていくことの孤独よりも、同じ人間なのかもしれないが言葉も通じず意思疎通の見込みもない、「わかりあえなさ」を抱えた者たちとともに生存していくことに一縷の望みをかけたのか。

その一足飛びの決断。その衝動のようなもの。その答えは本書を全部読んでも出てこない。ただ、イシはクローバーたちとの生活のなかでは部族の悲劇にもかかわらず明るげに生活しており(そういう描写のされ方だろうか)、白人たちの文化にも馴染んでいった。

そんな彼の一生は幸せだったのだろうか。死ぬ間際、彼は何を感じていたのだろうか。誰を想っていたのだろうか。
彼がネイティブ・インディアンの世界と白人文明の世界とを行き来するとき、彼は同じ“彼”だったのだろうか。

いくつもの問いが浮かぶ。野生と文明のざっくりとした二極化した世界だけではなく、細かな宇宙を飛んで旅した彼にとって、世界はどのように見えたのだろう。

ある種、その世界観は同時期に再読していたディストピア小説『すばらしい新世界』とも通じているものがあった。

読んでいる最中、何度と映画のようなシーンが浮かんだ。そういう意味でも思い出に深く残る本だった。


※上記3冊はすべて宮崎県立図書館にて借りました。


2023年に読了した本 一覧

『コンヴィヴィアリティのための道具』イヴァン・イリイチ
『映画を早送りで観る人たち』稲田豊史
『椎葉へ移住』村上健太
『「常識」の研究』山本七平
『気のはなし』若林理砂
『人はなぜ戦争を選ぶのか』トゥキュディデス
『33個目の石』森岡正博
『地方を生きる』小松理虔
『他者の靴を履く』ブレイディみかこ
『キキキ』福永あずさ
『里山資本主義』藻谷浩介
『職業、ブックライター。』上阪徹
『世界は贈与でできている』近内悠太
『ぼくの命は言葉とともにある』福島智
『喫茶店のディスクール』オオヤミノル
『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』小板橋二郎
『断片的なものの社会学』岸政彦
『イシ:北米最後の野生インディアン』シオドーラ・クローバー
『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー
『アーティスト症候群』大野左紀子
『目的への抵抗』國分功一郎
『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎
『知的戦闘力を高める独学の技法』山口周
『あしたから出版社』島田潤一郎
『ユリイカ 2023年5月号 特集=〈フィメールラップ〉の現在』
『来るべき民主主義』國分功一郎
『過食克服セルフケアガイド』渡邉茜

(計27冊)

2024年はもう少し小説読みたいな。仕事柄、実用書や人文書が多くなりがちだ。しかし、言葉や想像力を鍛えるという意味では小説の物語る力は侮れない。じっくりと時間を引き延ばす読書体験を。それが来年の抱負か。

#今年のベスト本


執筆活動の継続のためサポートのご協力をお願いいたします。いただいたサポートは日々の研究、クオリティの高い記事を執筆するための自己投資や環境づくりに大切に使わせていただきます。