二人の秘密のチョコレート

「はーっ。りっちゃん、お待たせー」
 声と同時に教室に飛び込んでくるゆづき。
 あたしは平静を装って、さっきから一行も読み進めていない本から顔をあげる。
「お疲れー」
「お疲れー」
 近寄ってきたゆづきと、パチン、と手のひらを合わせる。
「りっちゃんは早かったんだね。悪いね、待たせちゃって。テスト前なのに」
「そんなに待ってないってば」
 言いながら、帰り支度をはじめる。
「全員つかまった?」
 コートに腕を通しながら聞く。
「うん。どうにか」
「他の子はどうなんだろ」
「あ、LINE見てない? 全員から完了報告来てたよ。りっちゃんが最初で、あたしが最後」
 言いながらスマホをもう一度確認するゆづき。
「ほら。やっぱりりっちゃん40分も前に終わってたんじゃん。ほんっとごめん」
「えーそんなに経ってた? 別にいいよ」
 ちゃんと、来てくれたしね。
 そんな言葉を、あたしは飲み込む。

 あたしとゆづきは野球部のマネージャー。バレンタインデーを控えた金曜の今日、マネージャー一同で手分けして部員たちに義理チョコを配るミッションを無事終えたところ。練習があれば楽なんだけど、毎年この時期はテスト前で部活がないのよね。
「なんかあった?」
 そう聞いたのは、学校を出てしばらく歩いてからのこと。本当ならすぐにでも話すところであけど、やっぱり校舎の中じゃ誰がいるかわからないしね、どちらからともなく、詳しい話はあとでってことになっていた。
「それがさ、聞いてよ。最後の一人がなっかなか見つかんないと思ったらさ、一年の子に呼び出されて、本命チョコ渡されてんの」
「え? 誰?」
「吉井さん。相手は佐伯」
「えええ。マジで?」
「ねー。でもなんかあいつ一年には人気らしよ。愛嬌があるし上手いからね」
「ていっても派手なプレーするタイプじゃないよね。それに佐伯でしょ?」
「りっちゃんそれ地味にひどい」
 ゆづきは笑う。あたしはその笑いの裏に何かが隠されていないか、こっそり探る。
「まあそれはいいんだけどさ、全員終わってからにしてよねって」
「吉井さん、自分の分は配り終わってたの?」
 「まあそれは。でもこっちはお陰で佐伯がなかなか見つかんないしさ。めーわく」
「ま、気持ちはわかるじゃない? 帰っちゃったらどうしようって思ったんでしょ」
「いやそりゃわかるけどさー」
 唇を尖らせるゆづき。
 ちょっとため息をつくあたし。
 やっぱり、聞きたい。知りたくないけど。
「ゆづきはさ」
 声が震えそうになる。
「ないの? そういうの。みんなに義理チョコ配っただけ? それとも」
 やだ。知りたくない。
「だれかに渡してきたりした?」
「えー。りっちゃんこそどうなのよ」
「あたしはないよ」
 どきりとした心を隠して即答。質問を質問で返すのって、答えたくない何かがあるときじゃない?
 そのとき。ゆづきが不意に立ち止まった。勢いで二、三歩歩いてから振り返るあたし。
 なに、どうしたの。
「どうしたの?」
 声に出して聞く。予想外の反応に戸惑いながら。
「ううん」
 ゆづきは、らしくない小さな声で言った。
「ただ、ちょっと、安心して」
 え?
「え?」
 ゆづきは聞き返すあたしには答えず、おもむろににカバンを開けて、中から一つの包みを取り出した。
「あのね、りっちゃん、こんなの、変に思われるかもしれないけど」
 まさか。
 慌てて自分もカバンの中を探る。あった。
「待って待って待って。ゆづき、あの、これ、あたしも」
 目を丸く見開くゆづき、その目から、涙がこぼれる。
「……嘘」
「ほんと。これ、あたしから」
「うん……こっちは、あたしから」
 お互いの包みを交換する。
「言っとくけど、あたしのそれ、本気だからね」
「あ、りっちゃんずるい! 先に出したのあたしなのに! あたしだって、本気だもん!」
 あたしたちは笑う。笑いすぎて涙が出るまで。
 そしてそれが収まった後、お互いの目を見つめあって、測ったように、同時に言う。
『大好きだよ!』

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