課金が足りなくて

「……クソッ!」
 マサユキがイライラした様子でスマホを操作する。俺はため息混じりに声をかけた。
「そろそろやめとけよ。今月、いくら注ぎ込んでんだよ」
「しょうがねえじゃん。期間限定だぞ。レア衣装だぞ」
「だからっつってさあ」
「ソシャゲやんねえヒロシにはわかんねえよ」
 吐き捨てるように言って、画面をタップ。俺の耳にもかすかにチャリンと言う音が届く。
「つーか、ヒロシだって人のこと言えねえじゃん。バイオレットバインダーだっけ? あれにいくら注ぎ込んでるんだよ」
「ヴァイオレットヴァイオレンス。略してバイバイ」
 訂正しつつも内心たじろぐ。そこをつかれると弱い。五年前のデビュー当時から推し続けている六人編成のアイドルユニット、バイバイ。当初はそうでもなかったが、最近は自分でも課金がエスカレートしてきると感じる。
「だって推しは推せる時に推さねえと」
 もごもごと口もごる俺を、スマホから一瞬だけ上げた目線で突き刺して、
「同じだよ同じ。二次元だろうが三次元だろうが推しにかける情熱は同じ」
 情熱に還元すればすむのか、そう問いたい気持ちはあったが自らを振り返ると飲み込むしかなく。
「自分なりに目一杯できてるならともかく、課金が足りなくてサービス終了になったり解散したりさ、そうなったらお前自分を許せるの?」
 ぽちぽちとスマホをタップしながらなおも語り続けるマサユキ。
 弱々しく、それでも何か言い返そうとしたその時。ふいに世界がフリーズした。
 マサユキも、エアコンのノイズも、外を通る車が投げ込む断続的な光と影も、遠く聞こえていた救急車の音も。
 全てが静止し、あっけにとられる俺の目の前、空中に、一つのポップアップウィンドウが浮かぶ。
『現実世界v1.01をご愛顧いただき、誠にありがとうございました。誠に勝手ながら、当世界提供サービスは、本日をもちましてサービスを終了させていただくことになりました……』
「えっ、そんな、突然」
 先月バイバイにつぎ込んだうちの何%かでも、こっちに課金していたら違っただろうか。
 そんなことを考える間にも、世界は俺の目の前で色を、続いて輪郭を失い霧散していき、最後には冷たいポップアップウィンドウの明滅だけが残されたのだった。

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