Birthday 第十章 星良(4)

前のお話

始めから読みたい方はこちら


 それが合図となったかのように、校内の超能力者たちは、その力を強めていった。
 瑞稀と同じように物を動かすところを見せていた一年生の男子は、ちょっとした口論がもとで「力」で相手を突き飛ばし、大怪我を負わせた。
 こよりに炎をつけてはしゃいでいた女子のいたクラスでは、ボヤ騒ぎが起こり、3人が救急搬送された。あの子がやったんだ、そんな噂がどこからともなく流れてきた。
 伏せられたトランプを言い当てていた子は、次々と友達の秘密を明るみに出し、逆に殴られて大怪我をした。誰かの片思いを暴露しているくらいのうちはまだ良かったが、誰が誰と浮気しているとか、誰の彼氏がナンパしては遊びまくっているとか、誰それがパパ活をしているとかいう話になってくると皆の顔は青ざめ始め、ついにはカッとなった男子にこっぴどく殴られたらしい。
 スキャンダルの内容に興味はなかった。ただ、能力とともに、悪意まで暴走している様子が垣間見えて恐ろしかった。
 それはクラスメートを突き飛ばした一年や、友人たちに火傷をさせるに至った女子も同じだ。
 なぜ、揃って人を傷つける方向に向かうのか。
 あの日話を聞きにいった瞬間移動の前島さんさえ、意のままに操れるようになったその力を使って女子の部屋に侵入し、乱暴しようとしたところを親に踏み込まれたという噂が伝わってきた。その後慌てて移動した先が思わぬ高所だったために、落下してしまい、自ら大怪我を負ったのだという。
 それだけではなかった。力は強くなるだけではなく、これまで以上に、爆発的な広まりを見せ始めていた。
 昨日までクラスメートの力に驚嘆していた生徒が、今日になると突然テストの問題や教師の今日の服装、その後の天気などをぴたりと言い当てるようになる。あの一年と同じように力で相手に危害を加えようとした人物が、その相手から別の力で思わぬ反撃にあう。そんな話が、もともと力を誇っていた人たちの話の中に混じるようになっていた。もはや、つぶさに話を聞いて回ることは不可能だった。あまりにも数が多かったし、この状態では、どんな暴力に巻き込まれないとも限らない。
 そんな中、誰が言い出したのか、力が広まることは、「伝染る」と表現されるようになっていった。
 伝染る? 感染?
 その表現には、どこか腑に落ちるものがあった。
 最初小さな規模で起こっていた現象が、それを見聞きした者の間に広がり始め、一定量に達したところで爆発的にその数を増し始める。
 その様子は、確かに、感染症と似ていた。
 だが、だというなら病原菌はなんだ。
 それぞれに現れが違うのはどういうことなのだ。
 ただ、一つ明らかなことがあった。
 これが感染症のようなものだとすれば、感染源は、おそらく、瑞稀だということだ。
 あたしはもう一度、あの疑問を繰り返した。
 なぜ、瑞稀なのか。
 どうして瑞稀が最初だったのか。 
 瑞稀のところには、あの、机がひっくり返った日から、何度か話をしにいっては、部屋のドアの手前で追い返されていた。
 「帰って!」
 ドア越しに叫ぶ瑞稀は、まさに取りつくしまもないと言った様子で、あたしはいくつか言葉を発そうとしてはその全てを遮られ、ため息と共に帰宅することになるのだった。
 時折、声以外のものが聞こえることがあった。
 何かが、激しくぶつかり合うような音。硬質のものが破壊される音。ドアにガンガンと重いものがぶち当たるような音がすることもあった。
「瑞稀、それ、まさか力で……」
「うるさい! 帰れって言ってるでしょ!」
 瑞稀はまた叫び、あたしは結局何も得られないまま、家に帰るのだった。
 自問する。ここまで拒絶されて、あたしはなぜなお瑞稀の元を訪れるのか。
 答えはわかっていた。気になるのだ。
 なぜ、瑞稀が最初だったのか。瑞稀はどうしてこのような力に目覚めたのか。瑞稀と話をして、その手がかりを掴みたかったのだ。

「今日の地理、自習だって」
 力がもたらす落ち着かない空気と具体的な暴力の中、かろうじて通常の学校生活を回していたある日、そんな連絡が入った。
 小さな歓声が上がる。
 皆に嫌われている先生だったからだ。
 特に女子からは毛嫌いされていた。不潔なほつれた髪やねっとりした喋り方は嫌悪の対象だったし、機会を見つけては女子に接近し、あわよくば触れようという態度が見え見えだった。その上授業も下手ときては、擁護するものなどいるわけもない。
 だが、その日上がった歓声には、なにか浮わついたものがあるように感じられた。
 あたしはさりげない様子を装って、やけにはしゃいでいた隣の席の子に話しかけた。
「どうしたんだろうね。何か聞いてる?」
「あれ? 知らない?」
 彼女は意外そうな顔をして言った。
「四組の子がさ、昨日あいつにしつこく絡まれたんだって。それで、絶対許さない、殺してやる、って」
「まさか」
 あたしは思わず口を挟んだ。
「まさか、本当に殺しちゃったってこと?」
「わかんないけど、ありうるんじゃない? だってほら、その子ってさ、例の、不思議な力、持ってる子だったらしいから」
 目の前が暗くなった。
「本当に? でも、どんな力なの?」
「よく知らないけどさ、そういう子が、そう言ったなら、できるんじゃないかなって」
 あっけらかんという彼女に、空恐ろしい物を覚えた。

 本当のことがわかったのは、午後のことだ。緊急の全校集会があり、その場で発表された。
 その子が殺したのかどうかはわからない。だが、少なくともその先生が死んだのは、事実だった。その場では黙祷を強要されたくらいで、死因までは教えられず、力によるものなのかどうかも判断しようがなかった。
 後でニュースを通して知ったところによると、先生はマンションの屋上から飛び降りたのだという。遺書はなく、何かを悩んでいた形跡もない。だが状況的に自殺としか思えない。
 確証はない。調べようがない。だが、力なら。皆の間に広まっているこの力なら、誰かを自殺に見せかけて殺す……あるいは、自殺させてしまうことですら、できるかもしれない。
 その、噂の女子のところに行って聞いてみようかとも思ったが、気乗りはしなかった。怖かったのだ。
 具体的に何かされるのではないかと思ったわけではない。ただ、力の匿名性に乗じて、人を殺してしまおうという底抜けの悪意に触れることになるのかも知れないと思うと、怖かった。
 あたしはベッドに体を投げ出し、大きく息をついた。
 超能力騒ぎのせいで、なんとなく気が休まらない。
 もう関わらないようにしよう、そうは思うのだが、やはりどうしても気になってしまう。無視するには話が大きくなりすぎたし、事の発端が瑞稀かも知れないということもひかっかっている。
 その時、ふと、例の祖父の日記が目に止まった。
 そういえばあの続き、瑞稀に話そびれたままだな。
 それに、あたし自身、あれ以来先を読んでない。
 なぜ久しぶりに手に取る気になったのだろう。その時は、一種の逃避、あるいは気分転換のつもりだった。
 だが、読んでしまった今では疑っている。それも、結局のところ、偶然ではなかったのではないかと。


次のお話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?