金の鉛筆

コピーライターという職業へ向かうためのルートはいろいろあるんだろうけど、中でも最も交通量が多いと思われるルートが「宣伝会議コピーライター養成講座(通称:CAC)」を経由したものだろう。

このCACの総合コース(今は「基礎コース」と呼び方を変えたらしい。「総合」だとそれを受講するだけでだいたいわかった気になる人が多かったのかもしれない)と上級コースを受講したのはもう10年以上も前のこと。講師の先生方から出された課題を事前に提出しておき、当日講評を聞く、というのが講座の基本スタイルだったと思う(たまに講師が手掛けたCMや古き良き名作CMを延々見せられるだけ、という回もあった。ふざけんな金返せ)。

講師の方が「これは」というコピーを提出した人にはおなじみ「金の鉛筆」が贈られるが、何の実務経験もない身としては、書いたコピーを評価してもらうこと自体が初めてのことで、この鈍く光る鉛筆が何より嬉しく何より自信になった。とはいえ、総合・上級合わせて鉛筆10本程度ではまあよくて普通、毎回名前が呼ばれるような常連の強者もいて、腹の中で勝手にライバル心を燃やしていたのは今となってはいい思い出です。



とまあ、これまで5回にわたってお送りしてきた自己紹介を兼ねた実績自慢もとうとう以上でネタが尽きた。素人時代の金の鉛筆まで持ち出すあたり、コピーライターとしての程度の低さは十分伝わったかと思う。他にめぼしい実績がないのだから仕方ない。仕事を晒すのはコンプライアンス的にNGのようだし。

コピーライターを目指しCACに通っている頃は「自分もいつかはTCC年鑑に載るようなコピーを書いて世の中を動かすんだ」と意気込み、経験がなくてもたまに金の鉛筆がもらえるものだから「あれ、けっこうチョロいな」などとわかりやすく調子に乗ったりした。発想力と表現力とやる気さえあれば、いずれは有名広告代理店のクリエイターになれる、と半ば本気で信じていたのだ。我ながら、いじらしいほどのアホだ。抱きしめてお小遣いあげたくなるレベル。

講座修了後、「まずは経験を積もう」と手っ取り早くコピーライターの名刺をくれる制作会社に潜り込んだはいいものの、踏み台にするつもりの会社で忙殺され、作品集にも載せられないような仕事を日々こなすだけでせいいっぱい。「なにか賞でも獲ればあるいは」と暇を見て公募の広告賞にチャレンジするが箸にも棒にもかからず、そのくせ「CMの賞には出さない、自分は1行のチカラで勝負するのだ」などとクソの役にも立たないプライドを振りかざし分不相応に選り好みした結果、仕事の繁忙期の隙間に受けた転職面接では「コンテが書けないとね」と落とされる始末。裏目につぐ裏目。ことごとくうまくいかない。

何の実績も残せないままいたずらに年月だけが過ぎ、そのうちだらだら居座っている会社で責任ある立場を与えられどんどん辞めづらくなっていく。気づけば若手とも呼ばれなくなり、あの頃の野心はどこへやら。最近では「どうも今いるここが終着駅なのでは」と悟り始め、これから先のコピーライター人生に対しかなり悲観的になっている今日この頃です。

それもこれもひとえに自分の能力のなさ、社交性のなさに起因していることはよくわかっている。あの時ああしていれば、とたまに思うけど、あの時ああできているような自分はもはや自分ではない。それはもう他の誰かだ。そんな気もする。なるようにしかならない。

しかしまあ、思い描いたようなかたちではないとはいえ、結果としてコピーライターにはなれたし、時間はかかったが小さいながら広告賞も獲れた。この仕事をこれからも続けていくのかどうかは正直わからない。これはこれとしてどこかでスッパリ区切りをつけ、まったく新しい世界に飛び込んでいくことも視野に、などとそれっぽいことを言いつつ、要するに相変わらず一切合切がノープランである。さて、どうしたもんかなあ。

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