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短編【戯れる子どもたち】小説

余命三ヶ月です。
淡々と言う医師の言葉を私は淡々と受け止めた。

大阪の四天王寺の骨董市に行きたいと、きみえがぽそっと言ったのは去年のことだった。

遠いから、やだよ。
と私は一言いって、それきり。

思い返せば、きみえが何処かに行きたいと言ったのは、その時だけだったかもしれない。
デートの行き先は、いつも私が決めていた。
きみえはいつも、いいよ、行こうと言って笑っていた。

私は気分屋だから直前になって、やっぱり行かないと言うことがある。
それでもきみえは、いいよ、止めようと言って笑った。

きみえはいつも私に合わせてくれていた。
こんなことになるのなら、きみえの行きたい所に連れて行ってあげれば良かった。
きみえが観たい映画をいっぱい観せてあげれば良かった。
きみえが食べたい物を、きみえが欲しい物を、きみえが……。

「行こうか、骨董市」
「え」
「ほら、大阪の、お寺の」
「四天王寺の?」

三月の終わり、寒さも和らぎ少しずつ優しい風が吹き始めた頃。
きみえが体調を崩したので病院へ連れて行った。
その帰りに私はきみえに骨董市へ行こうと言った。

どうして急にと、きみえは聞いてきた。
私はその答えを用意していなかった。
なんで考えていなかったんだろう。
理由を聞いてくるなんて事は予想できたはずなのに。

「…いや…行きたいって、言ったから」
妙な間を空けて取ってつけたように私は答えた。
きみえは私の目を真正面から見つめて違和感に気がつかないフリをして、嬉しい、と言った。

そうして私より十五センチも背が高いきみえは、包み込むように私を抱きしめた。


お互いの仕事の休みを四天王寺の骨董市の日に取った。

私たちは一泊二日の大阪旅行に出た。
電車に乗れば二時間ほどで行けるのだから旅行というほどでもないけれど。

行きの電車の中でもバスの中でも四天王寺についてからも、きみえは嬉しそうに喋りっぱなしだった。

私は、どこできみえに打ち明けようか、そのことばかりを考えていた。

「見て!動物園!」
骨董市の端っこで【にじいろ移動動物園】とペイントされたワゴン車が二台止まっていた。
その前に馬や兎や猿たちが仮設の柵の中に放たれている。
そして子どもたちの楽しげな声。

私ね、動物園で働きたかったんだ。
きみえは優しい目で動物と戯れる子どもたちを見ている。
観にいこうかと言うと、服が汚れるからいい、と言って、きみえは笑った。

動物園で働きたかった。
そう言うけれど。
きみえの優しい眼差しは動物なんかじゃなくて、子どもたちに向けられている。

私は悲しい気持ちになった。

「そろそろいいんじゃないかな」
ホテルの近くの居酒屋で夕食を済ませて一緒にシャワーを浴びて一つになった後、きみえは私の小さな胸に頬を埋めて言った。

「あるんでしょ?」
何か言いたい事が。

三島みしま杏奈あんなさん。残念ですが余命三ヶ月です」
淡々と言う医師の言葉を私は淡々と受け止めつづけてきたけれど。

何事も無かったかのように淡々と打ち明けるつもりだったけど。

やっぱりだめだ。
きみえ。
怖いよ。
あんたの前では泣きたくなかったのに。
あんたの前では強い女でいたかったのに。
我儘ばっかりで振り回してばかりで本当にごめん。

私は、どうしようもない女ね。


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